第68話 腹が立つ
結果的とは言え、評議会からの協力の話は消えた。これからも結局は俺が単独で神々の痕跡について探すことになるのだった。それについてやってしまったなって思わないこともないが、冷静に後から考えても俺の目的の為だけに亜人種を売るなんて言語道断なので、あれでよかったのだと自分に言い聞かせておこう。
その代わり……代わりなのかはわからないが、獣人族と森の守護者たちが神々について調べることを手伝ってくれるようになった。彼ら亜人種も、人間と同様に認識を阻害されているようなのだが……どうも阻害の強さが違う気がする。
人間はそもそも神々について調べることがなく、興味を持つ奴がいる方がおかしいだろうみたいな空気になるのだが、亜人種にその話をすると不思議な奴だなぐらいの感覚で、普通に手伝ってくれる。とは言え、亜人種たちにはそこまで昔のことを記録として残しておくみたいな文化はないらしく、基本的には年寄りからの口伝が主になっているようだ。そこで大切になってくるのは、人間とは比較にならない寿命を持っている森の守護者だった。
「一族の者に色々と聞いてみたが、やはり神がの痕跡そのものを見た者はいないようだ」
「そうだよなぁ……そもそも世界樹が知らない存在のことを、森の守護者たちが知っている訳がなかったか」
「道理だな。我々森の守護者は世界樹を守る為に生きているのだから、世界樹よりも前に存在していた連中のことなんて詳しくないだろう」
「だよなぁ……詳しくない? 大まかになら知っている奴がいるってこと?」
俺は、リリエルさんのなんとなく引っかかる言い回しに気が付いた。
俺の言葉を聞いたリリエルさんは、少し考え込むような仕草を見せてから……嫌そうな顔をしながらも口を開いた。
「世界樹は、ある強大な存在が植えたとされている。しかし、我々森の守護者はその世界樹を植えた者が生み出した訳ではなく……森を支配していた強大な存在が、その世界樹のことを気に入って生み出したと、一族には伝わっている」
「本当か!? その強大な存在ってのが、神ってことになるだろ!?」
世界樹の精霊であるシルヴィが、自らは大地の女神という存在から生み出されたのだと語っていた。そして、森の守護者たちは世界樹が強大な存在によって植えられたと言っているのだから、その強大な存在とはまさしくその大地の女神だ。そして、その世界樹を植えた神とは別の、森を支配していた神が世界樹を気に入ってそれを守る為の存在を生み出した……つまり、森の守護者たちは割と神々と密接に関係している種族と言うことになる。
亜人種に相談するようになってからすぐにこんな情報が飛び出てくるなんて思ってもいなかった。世界樹を守る為に存在しているのだから世界樹が生み出した、もしくは生みの親が同じ大地の女神だろうぐらいに考えていた俺からすると、寝耳に水、驚きの真実だ。
「その情報はずっと昔から?」
「あぁ……私よりも遥か前の世代から受け継がれてきた話だ」
森の守護者たちにとっての遥か前の世代とは、いった何年前のことなのやら。しかし、森の守護者たちはその悠久とも言える時間の中で、神の存在を確かに過去へと伝えていたのだ。それがわかっただけでも素晴らしいこととして受け入れよう。
しかし……神々にもやはり仲間意識みたいなものはあったってことなのか。いや、なければ話にならないんだが、戦争を始めたみたいな話ばかり聞いていたからてっきり全員がいがみ合っているのかと思っていた。
森の守護者を生み出した神は大地の女神と仲が比較的良かったんじゃないだろうか。そうでもなければ、他の神が生み出したものである世界樹のことを気に入るなんてことはないだろうし……そもそも森の守護者たちがしっかりと世界樹を守っていることもなかったんじゃなかろうか。
「森の守護者が神から生み出された存在なら、人間は? 獣人族はどうなんだろうか……気になる」
「人間にとって、神々とやらが生きていた時代は途方もない昔のことなのだろう? なら、それよりも前のことなどまるで知らないだろうな。人間は自らが何処から生まれてきたのかを知ることができないとは」
「獣人族は人間と寿命がそれほど変わらないから、こっちもわからないのかな」
「……いや、少し思い当たることがある」
「あるのか!?」
え、獣人族も神によって生み出されたって話があるのだろうか。
「元々、獣人族は地を這う獣から進化した存在であると伝わっているのだが……その最初に立った獣人族は、光り輝く獣によって導かれ、知恵を持ち2本の足で歩くようになったという逸話が存在するんだ」
「逸話……神話みたいなものか」
獣人族にとっての逸話がそれってことは、人間にも創世神話が……いや、この世界にはそれがないんだった。人間が神について全く興味を示すことがない今の世界では、世界がどうやって生み出されたのかとか、人間が何処からやってきたのかなんてことは誰も知らないし、考察するつもりもないのだ。
創世神話がない……それは人間という生物を語ることができないのと同じ意味だ。人間は空っぽだ……自らが何処から生まれたのかに疑問を持つこともできず、またそれについて追及することすら許されていない。まるで虫篭に閉じ込められて与えられる餌を待つだけのような存在。もしかして、神について調べて欲しくない存在は、人間が囲った場所から飛び出すことが嫌、なのだろうか。
「人間には自分たちが何処から生まれたみたいな話がないんだな」
「不思議だ。少しは疑問に思うはずだが……勿論、俺は獣人族に伝わる逸話を、所詮は逸話だと思っているが、それすらないとすると随分と大人しい生き方をしているんだな、人間は」
あれだけの文明を築きながらそこら辺を全く考えていないなんて人間は馬鹿だな、と間接的に言われているのだが……たとえこの2人が相手でも、神々の存在を秘匿している奴について口にすることはできない。口にしてしまえば……きっとそいつはこちらを見つけてしまうだろう。
やはり、まるで籠の中に閉じ込められて観察されている虫みたいな気分になってくる。きっと、神々について秘匿しているそいつは、世界という虫かごの中で過ごしている虫を眺めて、満足に頷いているのだろうな。自分が思い描いたとおりに、生きていると。
心底、腹が立つ。
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