第67話 地雷

「断るっ!」

「えぇっ!? そこそこ話が上手くいったって部下から聞いてたんですけど!?」


 翌日、クレアと顔を合わせて最初に俺は強く主張した。

 話が上手くいったとは、昨日の評議会……いや、ヨハンナに住んでいる人間と亜人種の交流についての話だろうが、あいにくと俺は一切考慮していない。


「そもそも話は持ち帰るとはいったが、受けるなんて言ってない」

「最初から断るつもりでしたね!?」

「うん。だってちょっと好印象って感じを見せないと絶対に帰らせてくれないだろうなと思ってたから……そもそも、かなりの数でこちらを囲んで威圧してくるってどうかと思うよ?」

「ま、まぁ……その辺は色々とありますと言うか……」


 ああやって人数で圧力をかけてこちらに対して不利なことを飲ませようとする手段は、古今東西あらゆる人間が使ってきた手段だ。勿論、俺たち3人なら全員を蹴散らすことなんて簡単なので圧力になっていないのだが、それはそれとして暴れると立場が悪くなるのは俺たちだったので簡単に引き下がったのだ。相手が勝手に好印象だったと勘違いするような言葉を吐きながら、一度も俺は受けるなんて口にしていない。

 クレアはどうしようって感じで物凄い慌てているが、その背後にいる複数人はしまったといった感じの表情を浮かべている。いや、あれぐらいでこっちが全部飲んでくれると思ってたならマジで考えが甘すぎじゃないか?


「そもそも、俺はあいつらの仲介人になるつもりなんてないからな。交友関係が築きたいなら自分でやってみろとしか言えんな」


 そもそも、俺が森の守護者、獣人族や精霊といった亜人種と友好的な関係性を築けているのは偶然の産物だ。俺がわざと友好的な関係を築こうと近づいた訳でもないし、向こうからお友達になろうと言われた訳でもない。ただ、俺はリリエルさんならリリエルさんとして、リュカオンならリュカオンとして……種族なんて関係なく個人として接してきた結果として、その種族と仲が良くなっただけのことだ。勿論、評議会としてはヨハンナの代表としての立場があるから個人的な仲良しで終わらせられない部分があることは理解できるが、それはそれとして自分たちに何とかして欲しいところではある。


「……先に言っておくが、獣人族は力を尊ぶ種族だ。お前たちが力を示すことができるのならば、獣人族は友好的な関係を築くことも拒否したりしない。ただ……人間はあまり信用できない部分があるからな」

「個人としてではなく、森の守護者の代表として発現するのならば、人間など唾棄すべき存在だ。世界樹を焼いたのがお前たちにとってどれくらい前の世代なのかは知らないが、我ら森の守護者にとって人間は仇敵なのだ。何故ならば、我々が守っていた、そして世界に生きる全てが恩恵を得ていた世界樹を自らの利益の為に焼いたのだからな」

「う……」


 今まで自分たちがやってきたことを考えてみろ、とリュカオンとリリエルさんに言われてしまったクレアは、黙って引き下がるしかない。評議会で出た意見を持ってくるメッセンジャーのような役割を持っているクレアとしては、ここで引き下がる訳にはいかないはずなのだが……そんなクレアですら引き下がらなければならないと思うくらいには、人間が今までやってきた所業が大きかったと感じているのだろう。

 人間的な視点で俺が考えるのならば、やはりクレアに同情してしまう部分が大きい。なにせ、俺たちが想像もできないような昔の人間がやらかしたことの責任を取れなんて言われたって、そんなことどうにもできないのはわかり切っているからだ。しかし、獣人族たちにとっては一族は絶対的なものであり、森の守護者たちにとってはつい十数年ぐらい前程度の時間感覚なのだ。まず、この大きな違いを理解するところから始めないと人間種族そのものとの和解なんてとてもできるものではない。


「地道に活動していくしかないんじゃないかな。悪意を持つ者が現れるのは人間に限った話じゃないし」

「……確かに、ヘンリーの言う通りだな。人間だけが悪意を持つ訳ではない。獣人族の中にも、モンスターの中にも必要以上の悪意を持って生まれてくる存在はいる」

「人間はどうしても数が多いからその数が多くなっちゃうだけで、基本的にはどんな生物にだってそんな奴らが現れるからね」


 野生動物にだって悪意を持って生まれる存在がいるのだ。人間だけが特別、なんてことはあり得ないだろう……野性を忘れて恵まれた環境で生きている人間は悪意を持ちやすいというのはあるだろうが。


「こちらとしては、その様なことで誤魔化されては困るのです。我々としては亜人種としっかりとした関係を築き、貴方がしっかりと導きながらこれからの未来の為に──」

「──あ?」


 クレアは今回も駄目そうか、と呟きながらもどこか納得した表情を見せていたが、その背後から男が近づいてきた。べらべらとよくわからないことを口にしながら近づいてきたそいつに対して、俺は意識することなく口から声が漏れ出た。

 こいつは、何を言っているのだろうか。亜人種としっかりとした関係を築き導く? 未来の為に? なんでこいつは常に人間が上、みたいな口調で喋ってんだ? そもそも、こいつはもしかして……俺のことを同じ人間側だと思っているのか?


「おい、はっきりここで言っておくが……俺は既にマグニカに所属してる人間じゃねぇから、ムカつくことがあったら普通に暴れるからな」

「な、なにを!?」

「お前らが誰とどうして仲良くなりたいとか、そんなのは俺が突っ込むことじゃねぇから何も言わないけどな……俺を自分たちの部下ぐらいに思ってるなら潰すぞ?」


 あくまでも、俺と評議会は不干渉の関係だ。和解とか色々と言ってきたが、最終的には俺と主義主張が異なって破滅するのが見えているから、積極的に仲良くしないようにしようって話になってるんだ。それを、現場の人間が独断で踏み越えてくるんじゃねぇ。


「落ち着け、ヘンリー……何故お前がキレる。そこは私たちの役割だろう」

「まぁ、この男はそこまで自分を抑えつけられるような性格をしていないからな。俺たちの方が抑え役なんだろう」


 おい、なんで俺は暴走特急みたいな扱いになって、リリエルさんとリュカオンはやれやれみたいな顔してんだよ。おかしいだろ!

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