第66話 予想外

 こんな仕事一つで俺と評議会の関係が良くなるなんてことは思っていない。勿論、全くの無駄と言うことはないだろうが……それでもやはり完全に和解するまではいかないだろう。しかし、それでいい。元々は主義主張が合わないからこその対立であり、無理に仲良くする必要はない……互いに不干渉の立場を貫ける状態になれればいいのだ。今回の件を受けたのは、俺が一方的にマグニカを荒らしてしまったから、それの謝罪と再び不干渉の立場に戻ろうと伝えたいからである。基本的に、今回の件での非は俺にある。喧嘩を売られたからって理由だけでタナトスとドンパチやって、街中で破壊行為を繰り返した訳だから、どんな理由があっても基本的には俺が悪いことになる。だからと言って俺が悪かったから仲直りしてくれなんて下手に出るつもりはないが。


「探索者を辞めたらああいう仕事もありなのかしら……中々楽しかったわ」

「楽しめたようでなによりですよ、お嬢様」


 何故か満足そうな顔で仕事を終えたって感じのマリーと、やっと終わったから早く帰ろうって顔をしているアルメリア。どうしてここまで差が付いたのか知らないけど、これは性分だろうな。アルメリアは基本的に俺と似ているので、縛られることを嫌ってしまう。だからこそ、与えられた仕事を淡々とこなすような作業は大嫌いで、今回みたいに結構真面目に役所みたいな仕事をさせられるのは苦手ってことだろう。逆にマリーはそんなことを気にすることもなく、常にマイペースで与えられた仕事は完璧にこなしたいタイプだから、ただひたすらに犯罪者を凍らせればいい今回の仕事はそれなりに気に入ったってことだろう……ちょっとやり過ぎ感はあったんだけども。

 探索者を引退する年齢は人によるとしか言えない。怪我で思うようにいかず、さっさと引き際を見極める人だっているし、俺のように余力があるうちに引退してしまおうって考える奴もいるが、やはり多いのは限界ギリギリまで頑張ろうって奴だろうな。探索者なんて命をかけて未知の場所に向かっていく命知らずの連中だから、引き際なんて考えずに真っ直ぐ地獄まで突っ込んでいく奴が多い。

 そんな地獄に突っ込んでいった中でも、生き残って帰ってきた奴は……基本的に戦いの経験を活かせる第2の人生を歩むやつが多い。具体的には、マリーが楽しかったと言っていた警備員的な仕事や、探索者協会に所属して後輩の指導、探索者としてある程度以上の名声がある奴なんかだと王国に雇われてそのまま騎士団とかの指南役になったりすることもある。


「第2の人生を考えるにはまだ若すぎるだろ?」

「それ、疲れたからって理由で引退してるヘンリーさんが言うんですか?」

「確かに……説得力なかったわ」


 言われてみれば、確かにそうだよな。

 俺的には前世も含めてそろそろおっさんもいい所だから引退ぐらいに考えていたけど、この世界の人間として見ると余りにも早すぎる引退だから全くもって説得力がない。なにしろ、隠居して第2の人生を歩もうとしているんだからな。


「引退は撤回しないけど、黄金郷に関してはまた気分が湧いてきたから最近色々と調べてるぞ」

「それでも開拓者として引退しているんですから、結局は説得力無いですよ」

「そうね……ヘンリーらしいと言えばらしいけど、あんまり人に対してどうこう言える人生ではないものね」


 これは手厳しい……一応、アルメリアの師匠をやってたんだけど、アルメリア的には教えるのが基本的に下手だと言われているので、俺は指導役には向いてないしな。


「ま、現役時代に稼いだ金だけで悠々自適な隠居生活を送っている元探索者なんて山のようにいるんだから、無理に第2の人生なんて考える必要ないと俺は思うけどな」

「山の様にはいませんよ」


 うるせ。

 適当な雑談をしながら3人で歩いていると、俺の前に黒い服を着た連中が数人現れた。アルメリアとマリーが即座に戦闘態勢に入って殺気を飛ばしたので、俺はそれを手で制して笑った。


「ラクリオン商会の人間が、何用かな?」

「……評議会は貴方のことを警戒しています。今回の件は確かに和解のような形に持ち込むぐらいの成果にはなりますが……それ以上の関係を、評議会の方々はお望みです」

「冗談だろ? 俺と評議会が今から会ったら速攻で喧嘩別れから正面切っての戦争になると思うぞ?」

「クレア様もそう考えているようです。ですので、これは和解の申し入れではなく……取引です」

「取引?」


 最近、ヨハンナから取引になってない取引を持ちかけられたりして、あんまりいい思い出がないんだけども……どんなものを提示してくれると言うのか。


「貴方が、神について調べていることに、評議会の方々は関心を向けています」

「……どっから漏れたのやら」


 いや、マグニカで平然と本屋巡りして神々について書かれた本を探し回っていたんだから、その時に発見されたのかもしれないな。俺は街中で誰かに尾行されているとかに気が付けるほど、気配に敏感って訳じゃないからな。しかし、神々についてか……評議会の連中としても興味が持てないものを調べようとしている、その事実に興味があるんだろうけど、その先は非常に危険なラインだ。


「評議会に忠告しておいてくれ」

「はい?」

「神々について詳しく知ろうとすることは、世界の禁忌触れることである、とな。それを制限しているのは俺じゃないし、たとえそれでアンタらが不利益を被ったとしても俺は知らない……なんならその連中と敵対してるまであるってことは理解しておいて欲しい」

「……話は見えてきませんがわかりました」

「それで、取引ってのは?」


 取引と言っても、現状では俺が神々について興味を持っているからそれの手伝いをしてやると暗に言われただけで、向こうが俺に何をして欲しいのかが明確にされていない。基本的には他人に命令されることがあまり好きではないが、今回は別だ。神々について個人で調べるには限界があるので、評議会がバックアップしてくれるならこれほど心強い存在もない。なので、今回に限っては相当の無茶でも叶えてやらないといけないと思っている。


「評議会は、貴方に他種族との交流について仲介して欲しいとのことです」


 相当な無茶ではない限り受けるとは考えていたが……これは予想していなかった。思わず、苦虫を嚙み潰したような顔をしてしまったのがわかったのか、隣に立っていたマリーとアルメリアが苦笑いを浮かべているのが見えた。

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