第65話 仕事のお手伝い
「クソっ!? こんな奴らがいるなんて聞いてないぞ!」
「逃げろっ!」
「はいはい、大人しく捕まってくださいね」
入国審査を手伝うって話を最初に聞いた時は、正直そこまで苦労しないだろうと思っていたんだけども、なんか治安が悪くないか? これは時代的なものなのか、それとも単純にヨハンナが結構狙われたりしているのが原因なのか。
入国審査と言っても、基本的には身分と何をしに来たのか、それと荷物の中身を確認できればそれでいいはずなんだが、それすらも超えられない馬鹿が多い。俺たちは後方で待機しており、職員が駄目だと判断したのに無理やり入国してこようとする奴らを捕まえるのが仕事。相手は犯罪者だったり、難民だったりする訳だが……残念ながらヨハンナは難民を受け入れている国ではないので可哀想だが強制退去だ。
「これでもっ!?」
「……無駄な抵抗はやめなさい」
「やりすぎるなよ?」
抵抗して暴れようとした男の半身が一瞬で凍り付く。自分の身に何が起きているのか理解できない男の傍には、気怠そうな雰囲気を醸し出しているマリーの姿。男の身体に触れて半身を凍結させて動きを止めただけなのだが……マリーがやりすぎるとそれでも簡単に致命傷になってしまうので、やりすぎないようには言っておく。
今回、この場に来ているのは俺とマリー、そしてやる気がなさそうに座っているアルメリアの3人だ。エルフや精霊、獣人がこの場に来るわけにはいかないので仕方なく、今回の仕事は3人でやることになっている。
「アルメリア」
「……なんですか?」
「そんな露骨にやる気がなさそうな顔をするなよ」
対人では殺傷能力に秀で過ぎているアルメリアの魔法を、ただの違法入国者如きに向ける訳にもいかないので、基本的にアルメリアは魔法を使えない状態になっているのも、このやる気のなさに現れているのだろ。
数分に1回ぐらいのペースで追い返される人がいることに俺は驚きながらも、同時にタナトスがどうやってこの国に潜り込んだのか首を傾げてしまう。クレアの話では、少しずつ時間をかけて数多の仕事を偽装して人を送り込み、時には現地で人をスカウトして組織を大きくしていたらしいが……それでは説明がつかないことが幾つかある。まず、物資をどう運んでいたのかって話だ。奴らが裏で売っていた麻薬の成分には、ヨハンナの気候では育たない熱帯系の植物が使われていた。さっきちらっと職員のマニュアルを見たら、その植物はばっちり禁止薬物として指定されていたので、簡単に持ち込むことはできないだろう。
「タナトスには独自の航海術があって、海を自力で渡ってきたってことなのか?」
「充分にあり得る話ではあると思いますよ。私たちが潰したタナトスはそこまで大きくありませんでしたが、海外の本拠はかなりの規模で、半ば国から放置されているような組織らしいですから」
ヨハンナの周囲の海はよく荒れるし、なにより海洋に生息するモンスターの数が多い。しっかりとした航海術と、安全に通り抜けやすいルートを頭に叩き入れていないと通れないし、そのルートだってヨハンナや交易する国々が通り抜けるのでバレずに抜けるなんてことはまず不可能……そう考えると、独自の安全なルートを開拓したとしか考えられない。
「じゃあ、タナトスはいつでも好きにやってくることができるってことか?」
「それはどうでしょう……安全なルートはあるかもしれませんが、好き勝手に移動できる訳じゃないって感じだと思います。だって好き勝手に移動できたら、もっと組織がしっかりとしたものになっているはずでしょう?」
確かに……アルメリアの言う通りかもしれない。組織の規模は大きかったが所属していた連中はチンピラ上がりの屑ばかりで、まともな奴はそういなかった。もしかしたら、大型船では通り抜けることができない安全な航路があって、精々積み荷として麻薬の原材料を運ぶぐらいだった……ってことなのかな。
「逃げろ!」
「またか」
俺の思考が深く沈む前に、再び職員を振り切って逃げだす奴がいたので、俺はため息を吐きながら逃げ出した数人の前に立つ。
「退け!」
「いや、今日はこれが仕事なんでね」
身一つでこちらに殴りかかってくる姿を見るに、多分難民とかなんだろうが……申し訳ないがこれも仕事だ。拳をひらりと避けてから足を引っかけて転がし、続いて殴りかかってきた2人の拳をそれぞれ両手で受け止めてから上に放り投げる。
「それにしても、難民がこんなに来るってことはどっかで戦争をしている国があるってことだよな……この国まで影響がないといいけどな」
「ありがとうございます……お強いですね?」
「えぇ……まぁ」
「評議会の方が推薦してくれたと聞いて何者なんだろうと思いましたが、実力派の探索者の方とは思いませんでした。やっぱり、タナトスの件で評議会の方々はピリピリしているんでしょうか?」
「まぁ……してないと言えば、嘘になりますけど」
どちらかと言うとマグニカ周辺で好き勝手やってる俺のことでピリピリしてると思うよ、とは言えないので愛想笑いで誤魔化しておく。
地面に転がって苦悶の声をあげている不法入国者共のが連れされていくのを見て、俺はついため息を吐いてしまった。この世界でも、あんな風な格差や戦争があるってことだよな。異世界ファンタジーなんだから、そういう現実的な問題から目を背けることができる……なんて夢見ている訳ではないが、実際に自分の目で見るとなんとなく嫌な気分になってしまう。
「
「ぐぉぁっ!? う、腕がぁっ!?」
おいおい、やりすぎるなって言ったのにマリーは何をしているのやら。
暴れているのは犯罪者なのかマリーなのかと思ったら、当たり一面が凍結している光景が目に入って、俺は目を閉じて天を仰いだ。
「爆発物ね……ここら辺を全部吹き飛ばそうとしていたのかしら? そんなことしたら簡単に戦争になるわよ?」
「が、ぎ……か、身体が……」
「ここら辺は全部凍らせたから、貴方の企みも終わり……さぁ、吐いてもらおうかしら?」
「いや、その状態で喋られる訳ないだろ」
「どうして? ちゃんと口は凍らせていないわよ?」
尋問するようにマリーが爆発物を手にした男の前に立っているが、身体の8割が凍り付いた状態でしっかりと受け答えができる訳が無いと思ったのだが……どうやらそれがマリーにとっては理解不能だったらしい。
これ、後で謝らないとなぁ。
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