第64話 和解の約束
神々が世界に残した痕跡を探してみるしかない。言葉にするのは簡単だが、実際にはかなりの苦労が伴うことだろうな……なにせ、人間は神の痕跡をわざわざ探したりはしない。海神が突き刺したとされる巨大な槍が海に刺さっていようが、その材質と残存魔力からどのようなものかを調べることがあっても、決して何故そんなことをしたのか、そもそもどんな存在がこんなことをしたのかなんてことには全く興味が湧かないようにされている。
歴史に存在は確認できるが、実質的に存在が消されてしまっているようなものだ。神々は所詮書籍の中でちょろっと存在が言及されるだけの存在として、人々の記憶からは完全に消し去られている。歴史そのものから消されている存在を調べてみようなんて、あまりにも無茶苦茶なことをやろうとしているのだが……その先にしか俺が求めている黄金郷は存在しないのではないかと考える。
考えてみれば当たり前の話なんだが、神々の存在を秘匿した奴がいるのならば、神が残した黄金郷なんてものが本当にあったとしても、それを放置しておくだろうか。海神の槍は、ただの武器なので特に問題はないかもしれないが、山間に存在する黄金の都市……しかも黄金の神がそこに住んでいたような場所なのだから、よくて辿り着けないように細工を、最悪消し飛ばされていてもおかしくはない。
「最近、随分と雰囲気が鋭くなりましたけど、どうしたんですか?」
「ん……まぁ、色々とあってね」
アルメリアがこちらを心配して声をかけてくれるが、こればかりは他人に相談できるようなものじゃない。なにしろ、奴らは世界の時間を停止させることができるような存在。しかも、ご丁寧に世界の認識を歪めて神々の存在に人が辿り着けないようにしている連中だ……こんなことを相談してもなんの役にも立つ訳がない。無論、アルメリアが実力不足だとかそういう話ではなく、これはこの世界に生まれた存在は誰も抗うことができない物事だから仕方のないことなのだ。今更、こんなことで孤独を感じるような細い神経はしていない。
しかし、いつどこから敵が襲ってくるかわからないってのは精神的ストレスが大きい。細い神経をしていないとはいえ、俺だってやっぱりそれなりにストレスを感じてしまうものだ。
「そう言えば、最近は穏やかな日々が続いてますよね……ヘンリー師匠にしては珍しい」
「そうだな……いや、俺にしては珍しいってなんだよ? まるで毎日トラブルに巻き込まれるのが俺の日常みたいなこと言うなよ」
「え? 本当のことじゃないですか。巻き込まれるだけじゃなくて、自分から突っ込んでいくことも多いですし」
強く否定できないことが悲しい。確かに、俺はアルメリアの師匠を始める以前からそんなことばかりしてきた記憶はある。開拓者として開拓地に赴けばよくわからない部族に攻撃されることもあったし、遺跡内の罠に引っかかりそうになったことだって数えきれないほどある。それだけではなく、マグニカの中でも探索者から喧嘩を売られたり、依頼を受けて金を稼ごうとしたら何故か騙されて殺されかけたり……かなり事件に巻き込まれやすい体質であることは自覚するべきなのだろう。でも、流石に毎日は盛りすぎじゃないか?
「……まぁ、多分、私の知らないところでまた変なことに巻き込まれてるんでしょうけど」
なんでわかるの?
「隠し事をされてちょっと悲しい気はしますけど、貴方が隠し事をする時はくだらないことか私が本当に関係ない時のどちらかなので言及しないことにします。信頼してますからね?」
「……まぁ、開拓者やめるって時も黙ってたけどね」
「それは貴方としては私が関係ないことだったんですよね?」
凄い圧力を発しながらにっこりと笑ってくるアルメリアに対して、俺は乾いた笑いでしか返すことができなかった。
まぁ、隠し事をしていて罪悪感が無いかと言われれば、そんなことはない。そもそも神々について知ることができないって現状がおかしいと俺は思っているし、この世界に生きている人間ならば当然のように知る権利があると思う。それを何処とも知れない奴が勝手に妨害しているのだから、滅茶苦茶な奴だと思うが……だからと言ってそのことを知らせたところで、今のアルメリアたちにはなにもできない。なにせ彼女たちは、それを疑問に思うことすらも許されていないのだから。
知らない方が幸せなことも世の中にはあるだろう。それは間違いない事実ではあるが……それは知らないでいいことを知らないままでいる権利があるが、これに関しては全くの別、というか知らないことすらも疑問に思えないのだから質が悪い。
「マリーさんも言ってましたけど、貴方は目を離すとすぐに無茶をしますから。私の知らないところで何をしているのかは聞きませんけど、これだけは約束してください」
「ん」
「どうか、傷つかないでください」
「無理だろ」
「わかってますよ。それでも、私の知らないところで貴方が傷ついているのを想像するのは辛いのです。だから傷つかないでください」
「そこは死なないでくださいぐらいにしない?」
「そんなこと言わなくて貴方は死なないじゃないですか」
俺のことを何だ思ってるんだ。
「あ」
「どうしました?」
「いや……ちょっと面倒ごとを思い出しただけ」
俺が呟くと、アルメリアは露骨に嫌そうな顔をした。なんでそんな顔をするんだと思ったけど、さっきのアルメリアの言葉を考えるなら当たり前か。隠し事をしている時はくだらないことか自分に関係がない時とは、つまり隠し事をせずに話そうとしているということは結構重要なことで、なおかつ自分に関係があること確定だもんな。
「この間のタナトスのことで色々あって、俺はマグニカと明確に敵対している人間って訳じゃないんですよって証明するのに、よくわからない依頼を受けなきゃいけないの忘れてたんだよね。手伝ってくれない?」
「先に聞いておきますが、何をすればいいんですか?」
「大丈夫。ちょっとヨハンナに入ってくる犯罪者の検閲と場合によっては戦闘して拘束するってだけだから」
「絶対に嫌です!」
「決定事項だから」
そもそも、向こうからは俺たち一派として考えられてるからね。互いに不干渉でいましょうってやるには、こちらからもうちょっと歩み寄ってやらないと駄目なんだよね。その為に、わざわざクレアを間に挟んで和解の約束をしたんだから。
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