第62話 処刑人
飛んでくる刃をひたすらに剣で受ける。正体不明の敵とは言え、焦りは全くない……むしろ、理解不能な攻撃をされずに安堵しているまである。それでも、目の前の存在がそもそも人間かどうかもわからない状況には変わりがない。まだこちらから攻撃はしていないので、物理的な攻撃がしっかりと通るのかどうかもわからないし……まだまだ不安なことは多いが、今の所普通にしていれば攻撃を受けて死ぬことはないだろう。
「……ふ!」
ニヤリ、と相手の口角が上がった瞬間に俺は反射的に姿勢を低くした。右肩に僅かな鈍い痛みと、ぶしゅっと血が吹き出る音がする。不可視の刃によって背後から肩を斬りつけられた……いや、姿勢を低くしていなければ間違いなく右腕が飛んでいた。
「避けた?」
「直感には自信があってな」
あくまでも感覚的な危機感によって難を逃れただけだ。不可視の刃の正体なんて全くわからないし、今までの攻防でその攻撃を見せなかった理由もわからない。
考察するのならば、まず俺の肩を切り裂いたのは間違いなく刀剣であるということ。これは自分の肉体に触れた部分なので断言できる。そして、あの不可視の刃は目の前の男が発した何かしらの魔法のようなものであるということだ。なにしろ、不可視の刃が発生する直前、奴は不自然に動きを止めたから。つまり、あの不可視の刃と通常の攻撃は同時には成り立たない……それが知れれば問題ない。
「偶然か……それとも本物か?」
「なにが偽物で、なにが本物なのか知らないけど……神のことを調べるのは──」
俺の言葉が終わる前に男が再びこちらに向かって突撃してきた……ってよりは「神」って発言自体が気に入らなかったらしい。神って名前すら出すことにすら不快感を覚えるほどに、こいつは神を嫌悪している……訳ではないか。
私の主はそれを望んでいる。これは奴が神について研究するなと言った時に出てきた言葉だが、こいつの主とやらは世界が神々の時代に逆行することを恐れている。それは何故なのか……恐らくだが、こいつの主とやらが神に敵わないからではないか? あるいは、世界の管理者のような存在で、神々が暴れ回ると世界が崩壊するから……みたいな?
「貴様のような奴がいるから主は苦労するのだ! 神々の歴史に触れることなく、慎ましく生きていればいいものを!」
「そりゃあ無理だろ……人間の愚かさを甘く見過ぎだ」
禁止されようがされていなかろうが、人間は簡単に禁忌の領域に足を踏み入れる。それが人間の素晴らしい所でもあり、愚かしい所でもある。こいつみたいに、神々の歴史を調べようとした存在を殺す者がいるというのがその証拠だ。きっと、何度もこんなことを繰り返してきたんだろう。
ただこちらの命を奪うために振るわれる剣を受け止め続けていると、鍔迫り合いのような形で剣が止まった。露骨なその隙に俺は思わず苦笑いを浮かべてから、不可視の刃を紙一重で避けながら腹に思い切り拳を叩きこむ。
「ぐごっ!?」
「もう見た」
あまりにも露骨な隙……恐らく、こいつはあまり戦い慣れていない。剣筋はなにもおかしくないが、単純に戦闘に慣れていないのだ。奴の仕事は神々の研究をした者を殺すことなんだろうが……神々の研究をする奴なんてのは基本的に室内に引き籠っている研究者気質な奴が多いだろう。そんな連中と戦闘になるかと言われたら……まぁ、ならないだろうな。つまり、奴は処刑人であっても戦士ではないってことだな。
腹をぶん殴られて吐瀉物を撒き散らしながら、男はその場に蹲っていた。こちらを見上げる目が変わった。怒りと使命感が宿っていた強い瞳には、怯えと恐怖が見て取れる……やはり、こいつはあくまでも処刑人であって、反撃されるなんて全く想定もしていなかったのだろう。いつも通り時間が停止した世界で真実に近づいた者を殺そうとして、その反撃を受けるなんて全く想定もしていない……憐れな奴だ。
「どうする? このまま俺を殺すこともできず、憐れみを向けられて見逃されるか?」
「ふざけるな……人間如きが偉そうに私を上から見下ろすなど、あってはならない!」
蹲っている人間することではないと思うが……不可視の刃を背後から首に向けて放たれたのでそれを避けながら蹲っている男の顔を蹴る。
「あが、がっ!?」
「無理だな。ま、色々と喋ってもらおうかな」
空中にふわりと浮き上がってから落ちてきた男の背中を踏みつける。やっていることが結構悪役みたいだな、なんて思ってしまうが……それでもこいつには聞きたいことが山ほどある。
「まず、名乗ってもらおうかな。種族だけでもいいぞ」
「死、ね」
「お前の名前は「死ね」なのか?」
「ぐぁっ!?」
踏みつけている足に力を込めながらねじりを加える。こいつが人間なのか知らないが、人間ならば内臓に響くような位置でねじりを加えてやれば、苦悶の声と共に息を吐きだしていた。
拷問みたいになっているが、俺だって手段は選ばないことにした。神々について研究することが世界のタブーになっているだけならまだしも、人間の認識を改変してまでも研究されたくないなんて、余程のことが無い限りやらないだろう。こいつの正体も気になるし、なによりこいつの主がどんな立場からそんなことをしているのか気になる。
「お、まえ……調子に、乗るなっ!」
1度目は反射的に避けた。2度目は反応して完全に避けることができた。3度目は……完全に見切って剣で弾き飛ばした。
「なっ!?」
「自らの剣の軌道を再現して敵の背後から出現させる魔法……いや、ちょっと違うか?」
多分、そんな感じの魔法だ。3度も見ればなんとなく魔法の概要は理解できる。こいつは基本的にこの魔法で相手の首を落としてきたんだろうなってのはわかるが、それにしたって芸がない。魔法の特性から考えて、恐らくは背後以外の場所からも発生させることができるだろうに、ご丁寧に俺の死角からしか使わないから簡単に見切られる。
自らの魔法が簡単に弾かれたことがショックだったのか、口をパクパクさせながら俺の方を見ていた。その瞳には、やはり恐怖が滲み出ている。
「もう名前はいいや。お前の主とやらについて、喋ってもらおうか?」
「っ!? い、異界の魂だからなのか……だからお前は主の認識阻害の力が効きにくい! だからお前は神について調べ始めた……だからお前はこんなにも強い!」
急にどうした?
「お、覚えたぞ……お前のその魂、その力、その在り方……確かに覚えたぞ!」
「は?」
力強く覚えたぞと言いながら、男は俺の足の下からすーっと空気に溶けるように消えた。同時に、周囲の止まっていた景色がいきなり動き出す。
「ん? お前、いつの間に瞬間移動なんて覚えたんだ?」
動き出したメイが俺にそう話しかけてきた。
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