第61話 禁忌の領域
神について詳しく調べている人間はいないのだろうかと色々な本屋を巡ってそれに関する本を探してみたが、これが意外なくらいに全く見つからない。次に国立の大きな図書館に行って研究論文として発表されたりしていないのだろうかと探してみたが、こちらもそれらしきものが全く見つからずに俺は困り果てていた。
これが国の政策で過去のことを調べることを禁じているとかならまだわからなくもないのだが、別に誰からも禁じられていないのに全く誰も研究しようとしていないのだ。流石になにかがおかしいと思って、家に帰ってきた俺は真っ先にマリーに声をかけた。
「神について研究している人?」
「そう。いないかな?」
「……どうして? 神について考えたってなにもいいことなんてないじゃない」
「いや、黄金郷を作ったのは神って話だろう? だったらある程度のことは把握できるかなと思ったんだが……どうもそう簡単には見つからないらしい」
「ふーん……私は少なくとも、神について考えている人なんて見たことがないけれど」
違和感。
元カレだからわずかに感じ取ることができた、マリーから感じ取った違和感。たとえ自分に全く興味がない出来事のことであろうとも、質問されたらマリーは無碍にするような性格ではないし、たとえ興味がない神について語るとしてもこんな簡素な反応はしない。ほんの僅かな小さな違和感が、俺の頭に残った。
違和感を放置したまま、俺は自分の部屋にある本棚の本を引っ張り出し……神について言及されている本を幾つも開いてみた。その中で再び、違和感。
「……神について言及することはあっても、神について深く書かれたものが、ない?」
思えば変な話なのだが……海に刺さった巨大な槍は自然にできたものではなく、超常的な存在が残した者であるとわかったいるのに、それが海の神であろうと言うところで研究は終わっている。他にも、天空に都市を生み出したとされる空の神に関しては、誰もが天空都市にばかり目を向けて作ったとされる神については誰も語ろうとしない。俺もまた、黄金郷を探すことばかりで肝心のその作った神について考えたことは、今までなかった。
これでは、人間が神という存在を知ろうとすることを制限されているような感じだ。
もし、もしも本当に人間が神の存在を詳しく知ろうとすることを制限する何者かがいるとしたら、その者の目的はなんだ? 遥か古代に世界の歴史から消えた神々の情報を制限して、そいつにはなんの得があると言うのだ。
根拠のない、しかし身体で実感できる感覚が積みあがっていく。俺は元々、異世界から連れてこられた魂だ。自分がどうやって異世界に転生してきたのかなんて全く知らないし、この世界がどういう世界なのかも俺は理解していない。転生してきた理由もわからなければ誰がやったのかもわからない……そんなあやふやな状態で、俺は世界を生きている。神の存在を知ろうとする者……その特定の人間に対してのみ発動する、なにかしらの力があるとしたら……俺はもしかしたらその対象から微妙に外れているのでは? 身体はこの世界のものだが、魂が違うのだ。だからこの違和感にも気が付くことができた……そう考えたら?
「メイっ!」
「んー? なんだ?」
「神について、知ろうと思ったことはあるか?」
「あるぞ……なにせドラゴンよりも強力な種族だ。神々という生きとし生けるものの頂点に立つ力を持つ者……それに興味を抱かないドラゴンなどいないだろう?」
「それで、なにかわかったことはあるのか?」
「さっぱりだ。そもそもドラゴンに調べ事など向かんからな」
ドラゴンには、影響がないのか? ならばシルヴィが大地の女神について語っていたのも、その影響を受けていないから……人間にだけ?
「もし、もしもだけど……神の存在を意図的に秘匿しようとしている存在がいたとしたら、それは何のためだと思う?」
「何のため……さぁな。しかし、私が最初に思い浮かぶものとしては、世界が滅びることを防ぐためじゃないか?」
そうか……神々の戦争によってこの世界は滅びかけたと、シルヴィが言っていたな。ドラゴンをも超える力を持った超常の存在が、一斉にその力を振るって戦争なんて始めれば、当然ながらこの世界そのものが持たない。ちょっと考えれば実に当たり前の話なんだが……本当にそれが理由だろうか。
「ありがとうメイ。参考に──」
「────」
「メイ?」
言葉を発しないのではなく、全く生気を感じないメイの姿に俺の口から困惑したような声が絞り出された。メイが何かの攻撃を受けて死んだ……いや、ドラゴンをそんな静かに殺せる存在なんている訳がない。ならば、メイは何故動きを止めているのか……俺の思考がそちらに動こうとしたときに、視界の端に映るものがあった。それは……舞い散るように落ちていた木の葉が、空中で静止している光景だった。
「は?」
舞い散る木の葉がそのまま止まっている。水の流れは動きを止め、風に揺られる木々もしなった状態で止まり、飛び立つ小鳥も羽ばたく姿勢のまま停止している。
「時間が止まった世界はこんな景色をしているんだ。知っていたかい? 異界の魂を持つ、真実に迫ろうとする者よ」
動揺が隠しきれない俺の姿を見て笑う男が、いつの間にか背後に立っていた。
「……なんで俺は、止まっていない」
「それが勿論、私が意図的にそうしているから……と言いたいところだけど、これは私の力ではないからねぇ。私に聞かれても困ってしまうな」
男は切り株に座りながら腰に差していた刀を地面に突き刺してこちらを見つめる。
「これは最終警告だ、異界の魂を持つ者よ。世界の真実に……いや、神々に対する研究を今すぐ止めろ。私の主はそれを望んでいる」
「断る」
一言で断ると同時に、
最終警告を優しくしておきながら、断った瞬間に首を狙いに来るとは……随分と野蛮な奴だ。命が狙われている現状に対して、何故か俺の心は静かに落ち着いていった。時間が止まった世界を見てあんなに動揺していたのに、命が狙われることは何故か怖くない。もしくは、正体不明の敵から向けられた刃がしっかりと防げることに、安堵を感じているのかもしれない。
「……神々の時代に逆行させる訳にはいかないんだよ。あんな無秩序で混沌の名に相応しい馬鹿げた世界に戻す訳にはね」
「神のことを知っているらしいな。全部喋ってもらうぞ」
突然の襲撃だが、関係ない。知っていることはしっかりと全部喋ってもらえばいいだけだ。
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