第60話 消えた神々

 黄金郷を探すために色々と頭を働かせようと思ったのだが……まず最初に、自分が今まで得てきたものを全てなかったことにしようと思った。探し物をしている時の定石だが、まずは自分の中にある先入観を捨てること。あそこに入れたはず、あんな所には置いた記憶がない……そういう先入観を捨てることで失せ物を探しやすくなる。同様に、黄金郷についてこれまでの人生で探してきた情報を敢えて頭からすっぽ抜けさせることが探すことへの近道だと俺は考えた。

 俺が抱いていた黄金郷への先入観は、山間の人気が無い渓谷にあるものというイメージ。そして、誰にも発見されていないことから、誰も足を踏み入れたことのない場所に存在しているに違いないと考えたこと。これらの先入観を捨て去って、もう一度初心から探してみると案外あっさりと見つかってくれるかもしれない。


「……」

「今度は毎日真剣ですね」

「あんな時は放っておけばいいのよ。その方が彼の為だと思わない?」

「まぁ、確かに」


 俺の部屋の外から聞こえてきた2人の声を無視して、俺は机の上に黄金郷について書かれている資料を広げていた。この中にはきっと当たりの情報も外れの情報も含まれているはず……しかし、この場でそれを判別することはできないので、しっかりと一つずつ考えていく必要がある。

 まず、黄金郷伝説について、もっとも古い記述がある文書。その内容に目を通す。ざっくり言えば黄金の神が生み出した国があり、そこは全てが黄金で作られた豪華絢爛な都市であるということを、他人から聞いたというものであった。最初の情報が既に人伝に聞いた言葉って時点でかなり信ぴょう性が薄い話なのだが、同様の情報が同年代の資料から複数見つかっているので、もしかしたら実在しているのかもしれない。そう考えたのが、これらの資料が書かれてから数十年後の人間だ。

 数十年後には既に噂程度にしかなっていなかった黄金郷だが、どうやら俺と同じように資料を搔き集めて色々と調べていた昔の人は、黄金郷が実在しているかもしれない証拠を手に入れたと記している。その証拠と言い張っているのが……黄金で作られた人馬の像であった。勿論、これは後から勝手に創作したものではないかと言われているが……俺にとってはこれも大事な情報だ。

 手に入れたのはマグニカからかなり離れた山中らしいが、その周辺に黄金郷がなかったことは俺が一度確認している。しかし、その時にはなにも発見できなかっただけで、今から行けばまたなにか見つかるかもしれない。


「ん?」


 こうして資料を広げて、様々に語られている黄金郷の話を見ていると……誰もが共通して記している言葉がある。俺の視線はそれに吸い寄せられていった。その言葉は……日常生活を送っている現代人には一切関係のない言葉。


「神?」


 そう、神である。

 遥か古代、世界樹がまだ世界に根差していなかった時代に天から降臨し、様々な力を用いて人間を統治して自らの国を率い……そして最終的に世界中で戦争になり、人間と神に多数の死者を出し、世界を滅茶苦茶にしながら終わらせ、そして人間の前から姿を消した謎の多き存在。

 現代には幾つか神々の時代の痕跡らしきものが見つかっているが……実際に神が本当にいたかと言われると断言することはできない。あくまでも、人間ができることではないので本当に神が存在していたのではないかと言われているだけだ。

 黄金郷を追っていく中で何度も存在が言及されることになる神。思えば俺は黄金郷のことばかり考えて、この神については最低限のことしか知らない。しかし、黄金郷を作り出したのは黄金を司っていた神とされている。ならば、黄金郷を追っていくのならばこの神についてもしっかりと調べて行かないといけないのではないだろうか。


「なんてことだ……灯台下暗しとはこのことか」


 1人で呟いてしまうぐらいには衝撃的だった。俺は黄金郷に関することならあらゆることを調べ尽くしていると思っていたが、今思えばその黄金郷に住んでいたであろう人々や、その黄金郷を統治していた神については全く考えていなかった。あくまでも、俺の中にあったのは「黄金郷」という場所で、それがかつて人の住んでいた都市であったことが頭からすっぽりと抜け落ちていたのだ。


「シルヴィー!」

「なんだ、いきなり」


 部屋の窓を開けて外の世界樹に向かって叫ぶと、背後の扉から何かを齧りながら部屋に入室してきたシルヴィの姿があった。何か食いながら足で扉を開けるなんてとんでもない不良に育ったものだと思いながらも、そのことは頭から速攻で吹き飛ばして、俺は手に持っていた黄金郷について書かれた資料を突き付ける。


「神について、知っていることを可能な限り教えてくれ!」

「……黄金の神なんて知らないぞ?」

「違う違う……神なら誰でもいい。知っている奴について喋ってくれ」


 俺の言葉に、少し驚いたような様子を見せたシルヴィは、手の中にあった駄菓子らしきものを全て口に放り込んでから、にやりと笑った。


「いいだろう。神々について質問されるのは初めてのことだから、お前が知りたいことを私が語れるかどうかわからないが、なるべく知っていることは話してやろう」


 なんでそんな悪い笑顔を浮かべながら宣言するのだろうか。もしかして神々の時代ってそんなにヤバい状態だったのかな。


「まず、先に言っておくが私が世界に根差した時には、既に神々は下界を捨てて何処かへと去っていった後だから、本当かどうかは曖昧な所があるからな」

「構わない」


 そもそも、その曖昧な部分すら普通の人間は知ることができないんだからな。


「ふむ……なら、私が世界に植えられた時の話をしようか。私をこの世界に植えたのは大地を司っていた女神……名前は知らないが、彼女は神々の戦争によって傷ついた大地のことを案じて私を世界に植えた」

「……いきなり知らん情報出てきたな」


 そもそも、人間に伝わっている神様が本当に少ないから……大地の女神なんてものは誰も知らないと思う。


「その大地の女神は?」

「戦争に嫌気が差したのは彼女も同じこと。この大地を捨てて何処かに行ってしまった……何処に行ったのか、なんてものは私も知らない」


 だろうな。

 そもそも、神々が何処へ消えてしまったのか……それを知っている存在がこの世にいるなんて思ってもいない。それこそ、天界なんて呼ばれるものが空中に存在しないことは人間が証明してしまったしな。

 それにしても……大地の女神か。俺の知らない神がまだまだ沢山いたってことだよな。もしかしたら、意図的に歴史から消された神とかもいるのだろうか。

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