第57話 夢から逃げる

 ヨハンナが当初、俺に持ちかけてきた取引材料である黄金郷への手がかり。それを一通り聞いた俺は静かに頷いた。


「デマだな」

「噓でしょ……」


 バッサリと一言で斬り捨てられたヨハンナは愕然としているが、俺は確信を持ってその情報がデマであると判断した。そもそもヨハンナの千里眼は遠くのものが見えるだけで、別に全ての真実が見通せるとかそんな便利なものではないのだから、こういうこともあるだろう。


「なんで嘘ってわかるの?」


 ヨハンナの隣で気楽そうに茶を飲んでいたウルルがその澄んだ瞳でこちらを見つめながら問いかけてくる。確かに、ヨハンナの千里眼を知っている人ならば誰もが本当のことなのではないかと思うような情報だと思う。


「まず、マグニカから東にいった山の中に隠された秘密があって、そこには黄金郷へと人々を導く鍵が眠っているって話だよな?」

「はい」

「まず、その山は普通に人が発掘作業してる」

「……え?」

「近年、その山から銀が採掘できるってわかってな」


 ちなみに、マグニカから東にいった山はそれしかない。その向こう側は海なので、海の向こう側にあるんだとか言われたらわからないけど……すくなくともこの大陸にマグニカから東方向の山は1つだけだ。太古の時代に陸地と陸地がぶつかった衝撃でできたらしい山が1つあるだけだ。


「もう発掘初めて30年ぐらい経ってるらしいから、流石に誰にも発見されずにそれが残ってるのは考えにくくないか?」

「……そう、ですね?」


 俺の言葉にヨハンナは少しずつ言葉の力を失っていった。

 勿論、絶対に見つからないとは言わない。滅茶苦茶巧妙に隠されていて、まだ発見されていないだけって可能性はあるかもしれないし、実際に彼女が千里眼で見た資料にはそう書かれていたのだから本当にそこにあるのかもしれない。しかし……どうにも俺には信じることができない。


「黄金郷ね……もし、その話が実話だとしたら、世界中に神が存在していた時代の痕跡が残っているものじゃないの?」

「それは結構見つかってるんだけどな」


 特に何も知らないらしいウルルの単純な疑問にはとりあえず答えてやる。古代の世界には神と呼ばれる人間の遥か上位的な存在がいて、その者たちが人々を導いて多数の国家を作り出していた。それ自体が嘘なのではないかと考える人は多く、数々の調査が長い期間によって行われ……現在では本当に神がいた時代があった可能性が高いという結論に達している。


「もっとも有名なのは、さっき言った東の山を越えた先にある海に突き刺さっている巨大な岩。あれは自然が生み出したものじゃないかって言われてたけど、研究の結果わずかに魔力を未だに帯びていることがわかったらしい」


 そうして更に精密な検査を行った結果判明したのは、人間が想像できないような大きな存在が魔法で山から削り出して生み出した槍ではないか、という説だ。根拠は持ち手の部分と海に沈んでいる槍の部分の比率が現代の槍とほぼ変わらないこと、そして均等に槍の穂先まで削られて海底に刺さっていること。なにより決定的な証拠として扱われたのは、巨大な持ち手の部分に人が握りこんで使っていたような跡が残っていたことだ。

 研究者たちは古代に海を支配していた海神が使っていた槍ではないのか、としている。現在でもそれを覆すような有力説はなく、それ以外にも多数存在する古代の痕跡から、人知を遥かに超える存在がいたことは事実であると結論付けている。そして、その人知を超えた存在こそが、神であると。


「実際に神がいたことはほぼ確定的なんだから、黄金の神が黄金都市を生み出していたって言われてもあんまり違和感はないんだよね」


 世間的に有力な説があるから神はいたってことになっているが、遥か古代のことを知っている世界樹のシルヴィや、ドラゴンのメイも神は存在していたと言っているのだから、本当に過去には存在していたのだろう。

 神が実在していたからと言って、黄金都市まで実在しているかどうかはわからないんだけどね。実際、天空には神が浮かべた都市があると言われていたけど、空を飛ぶ魔法を開発した人間が雲を超えて世界を飛び回っても見つからなかったらしいので。


「神々の時代……それを知るような存在は生きていないのか?」

「うーん……世界樹ですら神々がいなくなった後に植えられた存在だって聞くからなぁ」


 ちらりと外に目をやると、シルヴィとメイがなにか話し込んでいるのが見えた。少女のような姿をしているが、2人とも数千年以上の時を生きている人間のスケールでは想像することもできないほどの存在だ。そんな彼女たちですら、神々の時代にはまだ生まれていなかったと言うのだから……それはもう果てしない昔のことだな。

 もし、神々の時代から生きている存在がいるのだとしたら……それは世界そのものと言っても過言ではないほどにこの地に根差している存在だと思う。あの世界樹ですらも神々の時代以後の存在なのだから、それくらいのスケールになってくると思うのだ……たとえるのならば、海そのものが意思を持って顕現した姿、とか?


「私たち精霊にとっても想像すらできない太古の話ですから、逆に人間が過去のことをしっかりと語り継いでいることの方が驚きです」

「うん、まぁ……口伝とかで間違いだらけだったりもするかもしれないけど、とにかく本当に神々の時代はあって、その時代から人間が子孫に対して話を受け継いでいる訳だから、確かに凄いことだよね」


 ドラゴンや精霊とは寿命が違う。それでも、彼女たちが知らない昔のことを、短い寿命しかもたない人間が語り継いでいるという事実。これに対してヨハンナは深い尊敬の念を抱いているようだった。あれだけ人間の醜い部分を直視しながらも、そうして人間のことを褒めることができるのは、彼女が精霊として善良な存在だからなのだろうか。


「……ヘンリーはその夢を諦めたって言ってたよね」

「え? あぁ……黄金郷を探すことをね」


 ウルルには、俺が開拓者を諦めて黄金郷を追いかけなくなったことを話してあるが……彼女はその言葉を聞いて心底残念そうな顔をしてくれた。まだ出会って時間もそんなに経っていないのに、彼女は俺の心のことを心配してくれているようだった。ヨハンナが自慢の愛し子であると言うだけあって、彼女もまた善良な精神を持っている。


「勿体ないなぁ……ヘンリーは、きっと誰よりもその黄金郷を求めていたはずなのに」

「そう、かな?」

「うん……私が黄金郷だったら、きっと見つけてくれって叫んじゃうぐらいに」


 黄金郷に自己を投影するのはマジで意味がわからないけど、そんなもんなのかな。

 夢は自分から逃げていくことはなく、いつだって逃げるのは自分自身だと、誰かが言っていた気がする。夢逃げることはなく、夢逃げるのだと。

 黄金郷は、今でも俺のことを待ってくれているのだろうか。その答えは……俺が黄金郷に辿り着かなければきっと手に入らないのだろう。

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