第56話 黄金郷伝説
黄金郷の伝説と言うのは古今東西、様々な人を魅了する。
たとえばエル・ドラド……黄金とシナモンが大量に存在する理想郷が存在すると、人々は躍起になってその場所を探し、多くの人が命を落とした。
たとえばジパング……黄金の宮殿に王が住まうとされている豊かな国。人々はその国を求めて海を超えようとし、暴風雨に飲まれて海に消えていった。
黄金郷の伝説というのはそれだけで人々を魅了する。たとえその途中で命を落とすことになったとしても、危険だとわかりながら探索することを止めることができない。自らの命をベットして大量の見返りを求める命知らずの冒険者たち……その先には浪漫があるから、彼らは足を踏み出すのだろう。
現代に生きる人々は口々に言う。そんな黄金郷なんて存在する訳がないのだから、こんなことに命をかけて挑んだ人々は馬鹿に違いない。浪漫の為に命を捨てるなんて馬鹿げている、と。しかし、俺からすれば社会から与えられて安寧に浸り、ただ無為に時間を過ごして小さな幸福だけを拾う生き方をする方がよっぽど命を捨てている。勿論、俺の考え方は異常者のそれであると理解していたし、前世ではそんな燻ぶった気持ちのまま平凡な生活をすることしかできなかった俺は、臆病者としか言いようがない。
一度死んで生き返った命。浪漫の為に捨てるのも悪くないのかもしれない……そう思って俺はこの世界で黄金郷を探し続けていたいた。
なんだかんだ言って、俺は凡人だったってことだな。
「また黄金郷伝説?」
「ん……いいだろ? 俺の原点だからな」
リビングでぼーっと黄金郷の予想図を眺めていると、マリーが背後から俺の首に手を回しながら呆れた声で話しかけてきた。冬も終わり、少し暖かくなってきた頃だからちょっと暑いと思わないでもないが、それ以上にマリーの身体の感触と匂いで昔のことを思い出してしまう。
「ヘンリーは、黄金郷って本当にあったと思う?」
「さぁ? それを探すのが楽しいんだろ?」
「そうなんだけど……実在したかどうかの話をしているの」
「んー……難しい話だけど、多分噂話に背びれと尾ひれがついて黄金郷の伝説になったんじゃないかな」
エル・ドラドがそのパターンだな。とある部族が1年に1度、金粉を身体に纏わせて湖に祈りを捧げる儀式をしていると聞いた大国の人間が、勝手に背びれと尾ひれを付けて黄金郷が存在していると勘違いして過酷な自然環境を前に何人も死んでいったというのが、
この世界の黄金郷も、実はそうなんじゃないのかなと俺は思っている。
「じゃあ、ヘンリーは黄金郷を信じていないってこと?」
「いやいや、信じていないんじゃなくて、きっと人間の噂とかで誇張されたんだろうなって思っているだけさ。俺はその誇張された話から辿っていき、その始まりを見つけ出したいだけだ」
「へー……なんだか、不思議な考え方ね」
「そうかな? 俺は普通だと思うけど」
噂の出所が気になるって話だ。黄金郷なんて膨れ上がった話にされるまでに、それなりに過程があったはずだし、なによりその黄金郷に違いないと思われるほどの話の信憑性を持たせる始まりの場所が気になってしまう。もしかしたら、金箔でちょっと豪華な建物が1つだけあって、それに尾ひれがついて黄金の建物で作られた街みたいな話になっているかもしれないし、統治していた神が黄金の装飾をつけていたからそういう風に見られていたのかもしれない。真実はわからないが……俺はその噂の原点を見てみたい。その上で、黄金郷はなかったんだねと納得したいだけなんだ。
「普通ではないと思うわよ? 黄金郷があると思う人は、普通に黄金郷を探したいと思うだろうし、ないと信じている人はそのまま無いと信じ続けるだけだと思うから」
「そんなもんかね……俺はただ、知りたいだけなんだけどな」
勿論、本当にあったとしてそれを見つけることができたら大金持ちだろうなーぐらいには考えていたが、無理に探そうとも思っていなかった。黄金郷という巨大な影ができるほどに偉大ななにかがあったとしたら、それはすごいことだよね、みたいな。
「え? つまり、ヘンリーさんはあんまり黄金郷の実在を信じてないってことですか?」
俺とマリーの会話を何処から聞いていたのか知らないけど、急にアルメリアがショックって顔で俺の前にずいっと近づいてきて、俺の首から上半身に絡みついているマリーの腕を掴んでいた。
笑顔でそれに抵抗するマリーと、俺の顔を見て驚きながら腕を退かそうとするアルメリアに挟まれて、俺はそこそこ窮屈な思いをしながらもアルメリアの言葉に曖昧に頷いた。
「そ、そんな……ヘンリーさんはずっと昔から黄金郷は必ずあるって言ってたじゃないですか!」
「噂の出所があると思うよ。本当に街そのものが黄金でできている都市なんて最初から想像もしていなかったけど」
「そんなー!?」
淡い紫色の髪の毛を振り乱しながらアルメリアがショックを受けている。もしかして、アルメリアは本当に存在していると信じ切っていたのだろうか。
「お子様には理解できない現実の厳しさってやつね」
「いや、年齢は3つしか変わらないだろ」
アルメリアは22で、俺とマリーは25なんだから殆ど変わらないしお子様扱いしてやるなよ。
マリーの挑発の言葉を敢えて無視したアルメリアは、更に俺との距離を詰める。
「じゃ、じゃあ! その噂の出所を探して開拓者をやっていたってことですか?」
「まぁ、そうなるな。もしかしたら、黄金でできた塔とかがあって、それを見た人が黄金で作られた都市だって誇張して言ったのかもしれないし」
黄金で作られた塔って簡単に言っちゃったけど、それはそれで凄いものだと思う。この世界でも黄金は貴重な鉱物だ。だからこそ、黄金で作られた都市なんて言われている黄金郷が貴重なものであると言われている訳だし、神々の時代ならば不可能ではなかったのではないかと思われているから、実在しているかどうかで今でも議論になっている訳だ。これがそこら辺からポンポン黄金が掘り出せるような環境だったら、そこまで騒がれてもないと思うんだよね。
「確か……山間の隠された場所に存在している、だったかしら」
「そうそう……実際に何処にあるのかは明言されていないんだけど、そんなような場所にあるってこれには書いてある」
古文書を解読して翻訳された文章なのだが、黄金郷伝説には最後のページに誰かがこの都市を見つけることを願うと締められている。きっと、古代の人もその黄金郷を探そうとして見つけられなかったからこそ、後世にその願いを託したのだろう。俺はそれを見て、自分こそが黄金郷を見つけるんだと躍起になっていた。
ま、今は引退した身なんですけどね。
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