第55話 凍結

 魔法の筒と言われると何が出てくるのか気になるものではあるんだが……実際に俺たちの命まで脅かされるようなものが出てくるとは思っていない。勿論、それを理由に油断や慢心するつもりなんて一切ないので、何が出てきても避けるつもりではある。

 スキンヘッドの推定若頭は、取り出した魔法の筒の蓋を開けた。


「できればこいつは使いたくなかったがな」

「じゃあ使わなくていいよ」


 俺よりも先にマリーが反応した。なんの予備動作も無しに足元から一気に周囲が凍り付いていく。しかも、ご丁寧に俺の足だけだけ避けて全てを凍結していたので、多分事前に準備していたんだろうけど……結構緻密な魔法だな。

 急に足元が凍結したことにたいして、若頭は驚いたような顔を見せていたが……焦っている様子は全くない。むしろこの状況に喜んでいるようにも見える。


「こんなすごい魔法がいきなり見られるとは思わなかったな。まぁ、これでいいだろう」


 足が凍り付いているはずなのに焦らない若頭に、マリーが怪訝そうな表情を浮かべながら再び魔法を放とうとした所で、手に持っていた魔法の筒を地面に向けた。すると、周囲を凍結させていたマリーの魔法が全て吸い込まれていき……まるで最初からなかったように元通りになった。


「……魔法を吸収した?」

「いや、どっちかって言うと魔力を吸収したのかな」


 筒に魔法を封じ込めてそれを相手にそのまま返すための道具ではないかと考えていたが、どうやらそうではないらしい。魔法が吸収したと言うよりも、魔力を吸い取って魔法の影響が消えたって感じに見える。どっちも同じように感じるが、これが結構な違いなのだ。


「正解だよ。これは魔力を吸収して……その強さに応じた人形を生み出す魔法の筒さ」


 魔力を吸収した方向とは逆方向をこちらに向けて蓋を開けた。次の瞬間には、男の前に氷の彫像が生み出されていた。姿形はマリーに似ているし、感じる魔力もマリーのものと同一である。つまり、男が言っていた通り、あの筒は魔力を吸収してその魔力の姿をそのまま再現して人形にするもの、らしい。言っていることはちょっとわからなくなってきたが、とにかく敵の攻撃を吸収してその強さに合った人形を生み出す厄介な筒、ってことだけわかればいいか。

 男はそれなりに勝利を確信しているらしく、人形に対して奴らを片付けろ的なジェスチャーを見せた。その通りに、氷の彫像は動き出し、強力な魔力を発しながら俺たちに突っ込んできて……マリーが素手でぶん殴って破壊した。


「……は?」

「もう殺していいかしら」

「いいんじゃないか?」


 人の命を何とも思っていない人間が殺される時になって命乞いをしてきたって聞いてやる気はない。魔法の筒による反撃で倒せると思ったいたみたいだけど、あれは込められた魔力の量によって生み出される人形の力が違うのだから、マリーが緻密だが別に本気で放ったわけではない魔法によって生み出された人形が敵になる訳がない。

 男が命乞いの言葉を吐く前に、と言うか放心している間に全身が凍り付いた。地面を転がる魔法の筒を拾い、俺はそれを眺めていたが……どうやら使い捨てらしく既に力は感じない。使い方によっては切り札にできるかと思っていたんだが……アテが外れたな。


「おっと」


 筒を放り投げてからどうしようかと考えていたら、建物が爆ぜた。方角的にやったのはリュカオンだと思うが……随分と派手な戦闘をするな。そんな風に思っていると、すぐに反対方向で屋敷が切り刻まれるのが見えた。あっちは明らかにアルメリアがやったものだろう……どちらも遠慮って言葉がないらしい。


「目ぼしいものはなさそう……本当にただ宿泊する場所として使っていたみたいだ」

「そっか」


 中を確認してくれていたリリエルさんの報告を聞いて、既にこの場所に用はなくなった。恐らくは組織の中でそれなりに重要な立場にいたであろう男を排除したので、ここから先はただ構成員を捕まえて、もしくは息の根を止めてしまってから最後に屋敷を爆破解体してやればいい。

 かなり派手に始めたので、すぐに街の治安維持組織がやってくることになるので、素早く撤退しなければならない。勿論、撤退するのは俺の開門ゲートで一瞬なのだが、問題はその瞬間を見られてしまう可能性があることだ。俺たちがそんな方法を持っていることを知られることが面倒くさいので、到着する前に片付けて起きたのが本音。


「……ヘンリーはここで待っていて」

「と、言うと?」

「中は私が片付ける」


 それだけ言ってマリーが中に入っていき……数秒もしたら屋敷が凍り付いた。窓と言う窓から氷が飛び出し、ギリギリのタイミングでリュカオンとアルメリアが屋敷から飛び出して逃げ出していた。


「ちょっと!? 何してるんですか!? 巻き込まれるところでしたよ!?」

「これくらいは避けられるでしょう?」

「マリー……鬱憤溜まってたのかな」

「そんな問題ではない気もするが……まぁ、これで全てが終わったらなさっさと爆破させるぞ」


 ずっと留守番だったから鬱憤が溜まってたのかもしれないな。しかし、こんな瞬時に凍り付けば流石に逃げ出せている奴はいないだろう。リリエルさんが即爆破に動いてくれたので、治安維持組織がやってくる前に全てが片付く。

 勿論、評議会のメンバーは俺がやったことであると気が付くだろうが、世間的に俺がやったとバレなければ問題ない。評議会だって基本的にマグニカに対して害を咥えている訳ではない俺たちを一方的に攻撃することはできないし、なにより彼らはメイを警戒して世界樹に対して不干渉を貫いているのだ。今回の件を言い訳に世界樹に対してネチネチと突っ込む可能性は無きにしも非ずって感じだが、それをするにはやはりメイの存在が大きすぎる。精々、ラクリオン商会がやってこなくなることでお前たちの補給路を申し訳程度に狭めてやるぞぐらいなもんだろう。ま、それも俺が開門ゲートを使える以上は全く関係のない制約みたいなものだが。


 屋敷がビスト鉱石によって爆散する。屋敷を覆っていた氷も共に砕けながら空気に消えていくのが見える。これならマリーが大規模な魔法を使った証拠が残らないだろう。一番心配なのは有名人であるマリーのことだけだからな。

 俺が何も言わずに開門ゲートを発動すると、マリー、アルメリア、リュカオンがすぐに帰っていく。俺はリリエルさんが帰ってくるのを少し待っているが、外が少しずつ騒がしくなってきたのを耳で聞いていた。


「すまない」

「じゃあ、帰りましょうか」


 リリエルさんが頷いてから門に飛び込み、俺が入ってから開門ゲートを閉じる直前に、治安維持部隊が突入してくるのがちらっと見えた。どうやら、しっかりと間に合ったらしい。

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