第53話 崩壊の道
相手が悪かった。犯罪者組織タナトスの現状について一言で説明するならそれだけのことだ。
奴らは自分たちが法律も全てを超越して動くことができる巨大な組織であると思い、身の丈を勘違いしてしまった。実際、ここまで大きな組織になっているのだから自惚れとまでは言えないが、それでも敵にしてはいけない相手を間違えてしまったのがタナトスが滅びようとしている最大の原因だ。結局、何処まで行っても数とそれを超越するような暴力には勝てないのだと、理解ができなかったのがタナトスの敗因だ。
ヨハンナという国はあまり外交をしない。それはヨハンナ自体が首都のマグニカを中心として発展しながら、それ以外の都市がそこまで発展していないぐらいの規模の国であるからだ。ただし、マグニカは世界中の迷宮探索者が集まってくると言われるほどに栄えているし、他国との交易も盛んに行われている。国は全体で見れば良くて中堅だが、都市の単位で見るとマグニカは間違いなく世界でも上澄みに位置している。
タナトスの連中はそこを見誤った。ヨハンナの別の都市で動いていたら、もしかしたらヨハンナが傾くほどの被害を出しながら他国に逃げおおせることができたかもしれないが、狙った場所がマグニカだったというのがよくなかった。結局、タナトスが想定していた以上の組織力と自衛力を持っていたマグニカには、それ以外の実力者が多すぎた。迷宮で活躍して名を上げているような連中は、誰もがタナトスのことを良く思っていないからだ。単純に、彼らは犯罪をせずに金を稼ぎ、名誉を手に入れているのだから、それ相応の余裕があるのだ。
そして、自分で言うのもなんだがタナトスは
「クソ、クソクソ、クソっ!?」
「それしか言えないのか?」
「黙れ! お前ら……ふ、ふざけやがって!」
ふざけてんのはどっちだよ、と。
俺は既にマグニカの偉い人たちと敵対関係みたいな状態だが、生まれ育って開拓者としてそれなりに活躍していたマグニカのことを嫌ってなんていない。むしろ、開拓の為に様々な街に行ったが、やはりマグニカが一番落ち着くと思うぐらいには気に入っている。理由は俺を怒らせたことでしかないが、そのついでに生まれ故郷が守れるなら嬉しいと思うぐらいには、俺にだって故郷を愛する気持ちはある。
右腕を失い、涙と鼻水で顔面をぐちゃぐちゃにしながら俺に対して怒りをぶつける男を、俺は無表情で見つめていた。今更こいつが死のうが生きていようが俺には関係のない話。ただ……今の俺はそれなりにムカついているので自らの手でこいつを殺してやりたいと思ってしまうぐらい、冷静さを失っているかもしれない。
俺がゆっくりと剣を持ち上げようとした瞬間に、上から降ってきたリュカオンが男の頭を踏み潰したことでその手は中途半端な場所で止まった。周囲に飛び散る脳漿と汚い血液に顔を顰めていると、リュカオンがゆっくりと近づいてきた。
「無理にお前が殺すことはない。人間殺しは俺に任せてくれ」
「……半盲の怪我人に言われると腹立つな」
屑だろうが自分の手で殺さなくてよかったことに内心で安堵の息を零してしまう自分の弱さが憎い。あれだけ覚悟を決めたとメイに啖呵を切っておきながらこの様とは……我ながら情けなく、女々しい奴だと思う。
「もう終わりか……じゃあいつも通り爆破するぞ」
「いつも通りって言い方は嫌だけど、了解」
リリエルさんが手に抱えていた爆弾をこちらに見せながら爆発させるぞと言ってきたので、俺はそれに頷いてからリュカオンたちと共に建物の外に出る。
リリエルさんが手に持っていたのは、魔力を込めることで熱を放出する特殊な鉱石だ。人間社会ではかなり珍しいものとして知られているその鉱石の名前はビスト鉱石。由来は、大昔のビストって人が発見したからだとかなんとか。
その鉱石は小さな掌サイズで人間を殺すことができるかできないかってぐらいの威力を放つことができるのだが……建物を吹き飛ばすほどの量のビスト鉱石は人間社会だと滅茶苦茶高価である。なら何故俺たちが持っているのか……それは、獣人族が大量に持っているからだ。
本来ならば冬は雪と氷によって閉ざされる山の奥に住んでいる獣人族は、このビスト鉱石を使って寒さを凌いでいるのだ。最初にそれを知ったクレアは、かなりのレートで獣人族とビスト鉱石を交換していたらしい。それこそ、獣人族側は人間に低く価値を見積もられると思っていたのに、想定していた10倍以上の価値で売れてしまった訳だ。それから、獣人族は月に1度、若い連中を複数人山に向かわせてビスト鉱石を回収している。人間にもその場所がわかれば、と俺は思ったのだが……どうやら獣人族でもないといけないような雪が深い場所にあるらしい。
「発破」
リリエルさんの小さな一言の後に、建物が爆破されて解体されていく。その衝撃によってすぐに人が集まってくることは簡単に予測できるので、俺たちは即座にその場を後にする。人に見られるのが面倒だってのもあるが、最近は噂になっているせいですぐに治安維持組織がやってくるのだ。それに姿を見られるのはあまりにも面倒……だからこうして速攻で撤退する。幸い、俺が作り出す
「ふぅ……今日もお疲れ」
「しかし、タナトスは反撃してこないな」
「それは俺も不思議に思ってる」
そろそろタナトスの最高幹部みたいな奴らが出てくる頃だと思ったんだが……もしかしたら今はただ逃げているだけなのかもしれない。最後に残った重要施設を、最大の人数で防衛している可能性は高い。大規模な動きを見せればそれを評議会に咎められてしまう……だから水面下でゆっくりと、俺たちに反撃する機会を待っているのだろう。
「どれだけ相手が警戒していようが関係ない。そうでしょう?」
「まぁ、そうなんだけども……」
留守番をしていたマリーの言う通りだ。俺達には小細工を弄するだけの人数だっていないのだから、できることは真正面から敵を叩き潰すだけ。色々なことを考えることなんて無意味だって言われると、否定し辛いのが現状だ。
それでも、何の警戒もしないってのは馬鹿のすることじゃん?
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