第52話 迷惑かけてる

 最近、マグニカでは頻繁に街中で魔法による爆発事件が発生しているらしい。血相を変えたクレアが俺の所に殴りこんでくるまでそんな噂が流れているなんて俺は知らなかった。


「どう考えてもヘンリーさんですよね!?」

「なんでそんなに怒ってるんだ?」

「怒りもしますよ! 連日破壊されているのはどれも犯罪組織タナトスの拠点と思わしき場所、もしくはタナトスが裏から手を回していた非合法な場所ばかりじゃないですか!」

「そうなんだ、大変だね」


 あくまでも俺はやっていないですよってスタンスを見せつけるのが大事だ。クレアだって勿論、俺がやったことなんて確信しているし、俺だって別に怒られたくないから言い訳をしているのではない。自分がやりました、なんてマグニカの評議会と対立している感じの世界樹の根元に住んでいる人間が、評議会議長の娘に直接言う訳ないだろって話なだけで。

 俺がやったことなんて知っているからこそ、クレアは俺の言い訳なんて全く聞かずに滅茶苦茶に怒っている。


「いいですか!? 貴方は世間的には有名じゃないかもしれませんが、評議会の方では顔と名前まで知られている要注意人物なんですよ!? ラクリオン商会の会長である私はなんとか特別な許可でこの世界樹まで来ていますが、貴方がこんなことを続けると本格的に評議会は貴方たちと対決姿勢を示さないといけなくなるんです!」

「それは悪いことだな。でも、街中で暴れるなんて……俺たちがする訳ないだろう?」

「そもそもタナトスの殲滅作戦は着々と準備が進んでいたんです! 評議会があんな組織を野放しにする訳ないじゃないですか!」


 そりゃあそうだ。評議会としても、犯罪組織タナトスを早期にマグニカから追い出すことができるかできないか、それだけで民衆からの支持がまるで違うからな。評議会はヨハンナという国において最終議決権を持っているだけで、その前段階として別の議会が存在している。評議会が暴君のような政治をしないように、通常の議会にも評議会を止めるだけの権限が認められている。つまり……評議会はさっさとタナトスを潰す準備があった訳だ。それを俺が片っ端から邪魔している訳だから……ラクリオン商会の会長である以前に、評議会議長の娘であるクレアは怒るだろうな。


「でも、国の対応って遅いじゃん? いや、俺は別にタナトスの金庫や薬物の密造所なんて襲撃してないけど、誰かが破壊してくれるならそれでいいじゃん」

「金庫とか密造所なんて何も言ってないのに知っている時点で言い訳するつもりなんてないのはわかってますから! 頼みますからもう少し穏便に行動してください!」


 そりゃあ無理だな。

 結局、国の対応が遅いってのが全てだ。確かに評議会の動きは他の国や都市に比べたら迅速なのかもしれないが……タナトスなんて1分1秒でも早く潰した方がいい組織だ。殺しをやっていたり、ショバ場所代で儲けようとするぐらいなら可愛い方だが、実際のタナトスは薬物の密造密売、更にはしっかりと法律で禁止されている奴隷の売買なんてこともしている。しかも、その奴隷は誘拐してきた奴ばかりで、借金奴隷なんて奴は1人もいなかった。

 何が言いたいのか。タナトスは国が対応するには遅すぎる組織だってことだ。そもそもこの国に入り込まれた時点で動きださなければならない所を、国というしがらみのせいで迅速に対応することができずにいる。既に違法薬物が安価で出回っているせいで、それなりの薬物中毒者による事件が数件起きている。それぐらい、タナトスは放置しておけない組織だ。


 まぁ、世界樹の根元に住んでいるだけで、マグニカなんて知ったことがないって考えの俺からすると、本来ならば遠い世界の話なんだが……今回は向こうから喧嘩を売られたので仕方がない。


「国が動けないのは納得してるよ? 実際、法律にしっかりと従って軍隊を動かせるのか動かせないのか、その動かす金は何処から出てくるのか、タナトスの連中が本当にそんな悪いことをしている証拠は掴めているのか……国が動くってのは物凄く面倒であることは理解しているつもりだよ。けど、それじゃあ遅すぎる……いや、潰したのは俺じゃないけどね?」

「……とにかく、しばらくは大人しくしていてください。これはラクリオン商会の会長としての言葉ではなく、評議会議長の娘、クレア・ラクリオンとしての警告です」


 へぇ……評議会の名前を出したってことは、それは国から明確な使者ってことでいいんだよな? 本当だったら速攻で斬り捨てたいぐらいの関係性なんだが……流石に完全に無視する訳にもいかないし、大切な取引先を殺すことはできない。


「わかったよ。色々と注意しておく……そっちも街中が滅茶苦茶なのに気を付けてね」

「はぁ……」


 あくまでも俺たちはマグニカの事件とは無関係。そういう話だ……クレアは全然納得していなかったみたいだけど、こればかりは仕方がない。



「次の目標は?」

「さっき大人しくしろって言われてたの聞こえなかった?」

「どうせ無視するでしょ」


 まぁ、無視するんだけども。それはそれとして、どうせヘンリーは人の話なんて無視するだろうからいいだろみたいなテンションで喋られるとちょっとモヤモヤするのよ。


「結構知らない所で噂になっているみたいだし、マリーはどっちにしろお留守番だな」

「また!?」


 自分の知名度を恨め。

 現場が丸ごと凍り付いていたら真っ先に疑われるのはマリーだし、そもそも顔を見られただけで誰かわかったしまうような奴を市街地での戦いに連れて行けるわけがない。奴隷市場の地下での戦いだって客がいることを考えると無理だろうなって感じだったのに、マリーなんて連れていける訳ないだろ。


「しかし、そろそろ向こうも対策を講じてくる頃だろう? 俺たちがタナトスの建物だけを狙い撃ちにしているのは知っているはずだし……行動を起こすんじゃないか?」

「いや、それは難しいだろ」

「何故?」

「そこは評議会が目を光らせているからな」


 リュカオンの言っていることは確かにそうかもしれないと思わされるものだが、実際はそんなことはない。何故ならば、他国からヨハンナに、そしてマグニカにやってくる人員があまり多くないから。これは国境付近を既に評議会が目を光らせているからだし、ならばとマグニカにある拠点の防衛を強化する為に派手に動けばそれを理由にして評議会が乗り込んできて証拠を掴まれ、そこから闇組織狩りが始まる。


「連中はヨハンナって国そのものを敵にするのか、それとも正体不明だが数が少ない俺たちを相手にするのかで、俺たちを選択したってことさ」


 そうでなければ、今頃評議会と全面戦争でもしているはずだからな。


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