第50話 デブ

 爆発音が聞こえるのと同時に、水を飲み込んでから俺はアルメリアに視線を向ける。その背後には不安そうな顔をしているヨハンナも立っているが……これから起こることは基本的に俺とアルメリアが解決するのだから問題ない。

 先ほど聞こえてきた爆発音はリュカオンが入り口で暴れ始めた合図だ。どうやってリュカオンが戦い始めたことを知るのかと先に言ってあったのだが、リュカオンはそのまま待っていればすぐにわかると言っていたが、本当に露骨な合図を出してくれたものだ。アルメリアが先に歩こうとするので、俺がそれを制止してから創造クリエイトで武器を生み出してから競売場の裏入口から突入する。入口の施錠されている鍵を真っ二つにしてから扉を蹴り開ける。


「ごはっ!?」

「こっちからも敵だと!?」

「くそっ! 表のは──」

「──ちょっと黙っていてくれ」


 頭がキレてそうな奴が俺とアルメリアの姿を見て、表のリュカオンが囮であることに気が付いたようだったので、周囲にその考えを広める前に俺の蹴りがそいつの顔面に叩き込んで意識を奪う。同時に、アルメリアが剣戟ブレイドを使用してザクザクと鋼鉄の檻のようなものを切り裂いていく。その切れ味の鋭さを見て怖気づいたのか、黒服の男たちは武器を構えながらもじりじりと後ろに向かって下がっていた。しかし、どれだけ下がっても最終的にはリュカオンが暴れている場所にしか辿り着かないのだから意味はないだろう。ヨハンナが用意してくれた見取り図にはここと入口以外の出入口が存在していないことは確認している。だからこそ、俺とアルメリアが一緒に行動しているのだから。


「今のうちに行け」

「いいのですか?」

「逆に今しかない。すぐに連中も落ち着きを取り戻してくるはずだが、今なら二か所同時攻撃で敵も混乱しているはずだ。今ならお前の大切な人を助けることができる……勿論、お前がそれ以外の奴隷も助けたいと思うならそうしてやればいい。どっちにしろ、俺たちは全員を倒す前に止まるつもりはないからな」


 俺の言葉に頷いたヨハンナが霧のように霧散して消える。見取り図と千里眼で助けたい人間の場所は先に把握していたのだろう。迷いのない行動に俺は思わず感心してしまったが、今はアルメリア1人に任せている黒服たちとの戦いを優先しよう。

 アルメリアが黒服たちを千切っては投げ、千切っては投げている横を通り抜けながら俺は創造クリエイトした長剣を投げ捨ててから、大き目のハンマーのような武器を作り出す。生み出した武器は単純に力だけのものではなく、触れた地面を揺らす力を付与してある。生み出す武器に力を付与する……これはメイとの取引の時に色々と試行錯誤して生み出した技術だが、事前に頭の中で効果までしっかりと用意しておかないと失敗する可能性があるので日常の中でしっかりと考えて作っている。

 ハンマーを振り下ろして地面を大きく揺らすと、黒服の男たちはその場に倒れこんだので、そこを1人ずつハンマーで叩いて吹き飛ばしていく。


「よくも、俺たちを奴隷にしてくれたなっ!」

「いけーっ!」

「……はは、こりゃあ面白い」


 しばらくの間アルメリアと共に暴れていたら、ヨハンナによって解放されたのであろう亜人種の奴隷たちが一斉に黒服たちに襲い掛かっていた。そりゃあ、勝手に捕まえられて奴隷にされていた連中からすると、憎き敵なんだから仕方ないのだが……亜人種と人間の肉体的なスペックの差を痛感するような暴れっぷりである。


「無理だ……逃げろっ!」

「お、おい! 逃げるなんて許される訳ないだろ!」

「知るか! ならお前があいつらをどうにかしてみろ!」


 俺たちだけではなく解放された奴隷まで加わった暴動に対して、逃げ出す奴が現れ始めた。組織と言うのは多種多様な人間が1つになっているから組織なのだ。こういう時に真っ先に逃げ出す奴、何もわからずに立ち向かう奴、そして立ち止まって現状維持に努めようとする奴、大抵はこの3パターンに分かれる。どれだけ恐怖で縛ろうとも、危機に相対した時の反応はその人間の奥底にある格となる部分……それは簡単に変わったりしない。


「ぶげっ!?」

「あ、あぁ……」

「いけませんねぇ……この程度の襲撃で混乱して奴隷を逃がしてしまう貴方たちも、希望に縋って逃げようとする奴隷たちも……全員が駄目ですねぇ」


 競売場の裏口から入ってきた大柄の男が、逃げ出していた黒服を叩き潰して競売場のステージの上に放り投げた。どうやらタナトスのメンバーのようだが……敵前逃亡は許されない行為らしい。まぁ、普通に考えて敵前逃亡を許すような犯罪組織はないだろう。真っ先に逃げ出した奴を叩きのめすことで見せしめにしているんだろうが……俺は逆効果だと思う。恐怖対象が増えただけだろう?


「退きやがれ!」

「んー? 効きませんねぇ!」

「なっ!? ぐはっ!?」

「愚かにも逃げ出せると勘違いした奴隷たちにはしっかりと教育してあげるとして……そこの貴方、この襲撃の主犯は貴方ですね」


 なんで俺が主犯扱いなんだよ。


「貴方はじっくりと甚振ってあげましょう……その後、五体満足でいられたら私の奴隷にしてあげます」

「……なんか言ったか、デブ」

「ふ、ふふ……腕一本で済むと思うなよ」


 デブって言われるとキレるらしい。しかし、誰がどう見たってデカい男ってよりはデブだろう。

 デブはキレたって感じで背負っていた武器を手に取った。長い鎖の先に棘のが沢山ついている鉄球がくっついている武器だ。普通に考えれば鎖を掴んでぶんぶんとぶん回しながらこちらに向かって投げつけてくるんだろうな。あんなものを手にして投げるなんて大した怪力だが……はっきり言って脅威性は感じない。


「私を侮辱した罪、あの世で後悔しなさい!」


ジャラジャラと音を鳴らしながら鎖を掴んで鉄球を放り投げてきたので、ひらりとその鉄球を避けてから接近してそのでっぷりとした腹に向かって拳を叩き込む。


「んっ! 効きませんよ!」

「……脂肪の鎧か」

「筋肉と言いなさい!」


 どう言い繕ってもデブの脂肪は筋肉に変わったりはしないだろう。鉄球を回収せずに腕をぶん回して攻撃してきたので、それを普通に避けてから顎を蹴ってから胸に蹴りを入れる。


「ぐふぅっ!」

「おいおい、顎に入ったんだからもう少しは効いてくれよ」

「そんなへなちょこな蹴りが効くものですか!」


 背後から迫っている鉄球をノールックで避けてから、デブが鉄球をぶん回し始めたのでそのまま下がる。


「私がやりましょうか?」

「いや……アルメリアは奴隷たちを頼む」


 こいつはそこそこ強そうだから俺がやる。勿論、アルメリアの方が相性はいいかもしれないが……いや、待てよ。


「そうか、そうしよう」

「え? 私に任せてくれるんですか?」

「いや、奴隷を頼む。あいつは俺がさっさと潰すから」

「聞こえてますよぉ! 不快な方ですねぇ!」


 この方法なら速攻で倒せるな……よし、そうしよう。

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