第48話 精霊

 素直に助けてくれって言えばいいのにって言ったら、くっそ不機嫌になった女に対して警戒するのをやめた。随分と人間らしい機敏を見せてくれるものだ……そこまでされたらこちらだって失礼な態度は取らない。


「あー、取引の話だったな」

「……助けてください」

「自暴自棄になって適当に誤魔化すな」


 助けてくれって言ってくれれば最初から助けてやるのにって言ったから、普通に助けてって言ってくれたんだろうけど……取引の話って言ったタイミングでそれを言われたらただの自暴自棄にしか感じないんだよ。

 彼女が持っている千里眼の力を使えば、あらゆるものを見通すことができるだろう。それこそ、彼女が言っていた通り黄金郷に関することだって。だから取引では俺が望むものとしてそれを提示してきた訳だが……俺がもっとも欲しい情報はそれじゃない。


「よし、お前に提示してもらう取引材料は……奴隷市場の見取り図だ」

「……その程度でいいの? そんなもの、取引しなくても普通に渡すつもりだったけど」

「おいおい、自分が手に入れた情報を軽く扱うんじゃないよ。俺たちはどう頑張っても手に入れられないものなんだから、それは俺たちにとってものすごく重要な情報なんだぞ? しっかりと取引材料として使ってくれよ」


 まぁ、実際に手に入れようと思ったらいくらでも方法はあるんだが……ここは彼女の心情を慮ってそう言っておこう。大切な人が奴隷として囚われていると言っていた。表情を取り繕って俺と交渉していたが、内心では必死なんだろう。


「じゃ、まずは色々とやらなきゃいけないことがあるな」

「準備は大体終わってるわよ」

「いやいや……まずは君の名前を聞かないとね」


 マリーがいつでも襲撃にいけると意気込んでいるが、仲間が増えたのだからその自己紹介から始めないと駄目だろう。最悪、俺だけでも名前をしっかりと把握しておかないと、コミュニケーションを取るのに必要以上の手順を踏む意味がない。


「そうですね……では名乗りましょう。私の名前は……ヨハンナ」

「え」


 ヨハンナって……あのヨハンナ? 国の名前の元になってるあのヨハンナか?


「勿論、貴方たち人間が知っている聖女ヨハンナではないけれど、彼女の名前から私の名前はつけられたの」

「そ、そうなんだ……そういうのってあるんだな」

「はい……聖女ヨハンナは、私たちにとっても特別な存在でしたから」


 精霊?


「貴方は私のことを亜人種だと言っていましたが、正確には精霊です。精霊は亜人種には含まれませんが……似たようなものですね」


 ちょーっと待ってくれよ。精霊ってことは、もしかしてシルヴィと同類ってことになるのか?


「精霊……通りで透き通った綺麗な魔力だと思ったわ。ヨハンナには存在しないと聞いたことがあったけど」

「はい。私は海を越えた国のさらに向こうの国からやってきましたから」


 随分と遠いところからやってきたんだな……助けたい人は、余程大事な人だと見る。そうするとこちらも生半可な覚悟で相手をするのは失礼だな……最初からそんな遊び半分でやるつもりなんてなかったけども、それはそれとして身が引き締まるような思いだ。


「囚われているのは私の友人なんです。彼女は精霊ではありませんが、私と契約した人間です」

「人間か……なるほど、それなら話が簡単だな」

「どういうこと?」

「亜人種は奥で競売にかけられているから、警備が厳重なんだよ。でも人間が助ける相手なら……警備が薄い。勿論、相対的にって話だから全く警備が無い訳ではないんだけどな」


 奴隷市場は全てぶっ潰す予定だが……先に助ける人だけ助けておくのは簡単だ。目的の人物が人間であるのならば、奴隷市場において最も価値が低い存在として割と雑な扱いをされている。だから俺たちだけでも大した計画なしで簡単に助けることができるだろう。


「……それが、そうもいかないんです」

「と、言うと?」


 俺の意見を楽観的だと否定するヨハンナに、俺は首を傾げる。実際にこの目で見に行ったからわかるが、人間が奥で競売にかけられているのを見ていない。


「彼女はただの人間じゃないからです。彼女は……魔力を視認することができる特異体質ですから」

「魔力を視認できる……それが奴隷として高くなる理由になるのか?」

「魔力を見ることができる目は、一般的に精霊の瞳と呼ばれるものですが、その瞳を持つ者は透き通るような美しい青色の瞳で生まれるのです」


 なるほど……つまり、見た目が綺麗だから奴隷としての価値が高いってことね。それなら納得だ。奴隷を欲する人間には2パターンある。1つは労働力として奴隷を欲しているパターン。これはクレアのように商会を運営している場合や、金鉱山の権利を持っている人間ならば採掘する労働力が必要になる場合。そして、もう1つのパターンは……愛玩用として飼うためだ。

 愛玩用とは言っているが、ぶつけられるのは薄汚い人間の欲望。当然ながら女ならば見た目が美しく肉体が女性的で魅力的な者が高く売られる。

 ヨハンナの言っていることが本当だとしたら、透き通るような青い瞳を持つ美人なんて、金持ちの下衆な連中に高く売りつけることができるのだから、そりゃあ亜人種と同じように希少価値があるとして警備も厳重になるだろう。金の卵を産む鶏を霊ぐするような馬鹿はそういないってことだな。


「ま、それでも見取り図を用意してくれれば俺たちでなんとかなる。マリーはちょっと顔が知られすぎているから後方で待機してもらうことになるけど」

「……気にする必要あるかしら?」

「当たり前だろ。俺たちがやろうとしていることは人道的には正しいことかもしれないけど、やっていることは貴族の屋敷に突っ込んで散々荒らして人を殺して、人の商売を邪魔しに行くだけなんだから」


 いくら人道的に正しいことをしたって主張しても、なんの許可もなく街中で暴れて犯罪組織をぶっ潰しましたって……やっていることはヤクザ同士の抗争となにも変わらないんだから。

 今更そんなことを考えて退くつもりはないが、いざという時の為に色々と準備は必要だ。正しさを振りかざすことができないのならば、いっそのこと悪い方に振り切ってしまった方が楽だからな。勿論、一般人を巻き込むみたいな外道は行為はしないが……本来ならば奴隷が禁止されているヨハンナで、奴隷市場に奴隷を買いに来ている連中なんて基本的に悪い奴なんだから全員巻き込まれも文句言えないよな。

 

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