第47話 素直に言え

 狐につままれたような感覚だ。

 いきなり現れては言いたいことだけ言い、俺のことをなんでも知っているようなことを言って……そのまま消えていった女。得体の知れない相手なので信用することなんてまるでできないが……奴隷市場に大切な人が捕らえられていると言っていた。その言葉を信じるのならば、俺たちの敵の敵ということになる。敵の敵は味方、なんてことは全く考えていないが……利用することはできるだろう。勿論、敵の罠である可能性も考えたが……タナトスのような巨大な組織の人間がそんなややこしいことをしてこちらを嵌めてくるとは思えない。巨大な組織というのはそれだけ統率を取るのが難しくなるものなので、そんな簡単に俺たちを罠にかけることも難しいだろう。


 なんにせよ、相手から接触してくるのを待たないといけない状態であることには変わりない。なにせ、こちらは相手のことをまるで把握していないのに、相手は俺のことをしっかりと認識しているんだからな。しかも、メイが世界樹を守っているように俺たちを害すことができないことまで知っている訳だから……もうこれはこちらから接触する方法なんてないし、そもそもこちらから相手を探すメリットがない。

 奴隷市場の偵察を終えた翌日、俺は謎の声を主を家でじっと待っていた。敵だったら……速攻で潰す。


「物騒な気配を漂わせていますね」

「……誰のせいだと思っている」


 周囲の空気に違和感を覚えた直後には、既に女の声がしていた。転移系の魔法……もしくはそれに近しい魔法による移動方法か、はたまた認識を阻害するような魔法によってこちらの死角から近づいているのか。意識を張り巡らせている状態でも全く感知できなかった女の声に、俺は少々の呆れを含ませて言葉を返す。


「申し訳ありません……警戒させるつもりはなかったんですけどね」

「それ、冗談か?」


 なんの情報も与えないままこちらの情報を一方的に知っている相手に対して警戒を抱かないような人間がいると思っているのだろうか。普通に考えて、速攻でぶっ殺してやるぐらいの感覚になると思うが。

 銀色の髪を揺らしながら昨日と同じように自分は無害ですと言わんばかりに手を左右に広げている女は、こちらの言葉に反応せず常に薄ら笑いを浮かべている。


「……取引って言ってたな」

「はい」

「取引ってのは互いに差し出すものがあって成立するもんだろう? お前は俺になにを差し出してくれる? 言っておくが……納得しないものだったらあっさり突っぱねるからな」


 そもそも俺は怪しい相手としか認識していないから、こうやって向かい合って喋ることすらも嫌なんだが。向こうが俺に関する情報をかなり持っているからまともに喋っているだけで、まともに取引する気もないんだったらさっさとこの部屋から追い出す。


「そうですね。貴方が望んでいるものは幾つかご用意できますが、最も喜ばれそうなものと言うと……黄金郷について、とかですかね?」


 女が言葉を言い終える前に、俺は生み出した剣を首元に突きつけた。


「そこから先は慎重に言葉を選べ。詐欺に引っかかるほど自分が馬鹿ではないと思っているし、なにより人の夢を馬鹿にするようならその首を手にしてタナトスへの土産にするぞ」

「……お気に召しませんでしたが? 黄金郷が存在している場所は存じませんが、それに関する手がかりなら持っているという話でしたが」

「俺は開拓者を引退した身だ。俺が本当に一番喜ぶものだと思ったのか?」

「開拓者を引退した……けれど、貴方は自分のことを諦めきれないでいるのでしょう?」


 こちらの全てを見透かしているんだぞ、と言わんばかりの薄ら笑いが不快だった。

 俺が新たに口を開く前に、室温が一気に下がったのを肌で感じる。


「ヘンリーの夢を侮辱するなら、魂まで凍り付かせて二度と生まれ変わってこない様にしてあげるわ」

「これは、怖いですね……」


 彼女にとっても想定外だったのか、マリーが内容とは裏腹に優しく語りかけた言葉に冷や汗を流していた。初めて、目の前の女が持っている余裕が崩れたのを見て、俺は彼女がどんな力を使っているのかなんとなく概要を掴み始めていた。


「千里眼、に近い魔法……いや、体質か? とにかくそういう力を持っているな。離れた場所のなにかを把握している……恐らく瞬間移動の原理は俺の開門ゲートと何も変わらない」

「どうしてそこまでわかるのか疑問なんですが」

「俺について詳しすぎるし、黄金郷に関することだって俺に取引の内容を聞かれてから見たものだろう?」


 離れたものを見ることができる能力と聞くと、ただの望遠鏡のように感じるが……彼女のそれは数キロ先を見渡すなんて生易しいものじゃないだろう。表現するのならば動画配信を見ているように、見たい場所の現在の状況をリアルタイムで流すことができるようなもの。

 開門ゲートは座標を刻み込んで移動する魔法だが、彼女は千里眼のような能力を応用することで、見た場所の座標に対して移動しているのだ。一方的な移動で、俺が使う開門ゲートのように行ったり来たりすることはできないが……俺とは違い、自らの足で言った場所以外にも飛ぶことができる。


「そんでもって……お前、人間じゃないだろ」

「……」


 世界には多数の亜人種が生きていると言うが……俺が直接出会ったのは獣人族と森の守護者だけ。だから目の前の彼女がどんな亜人種なのかは知らないが……どうにも人間ではない気がする。あくまでも今までの喋った内容からの直感だが間違っていないと思う。その証拠に、マリーが現れて冷や汗を流していた女の表情が消えた。恐らく、もっとも触れられたくないところなんだと思う。


「……それを知ってどうするんですか」

「あのなぁ……素直に助けてくれって言えばいいだろ?」

「はい?」


 助けを求められて、知らない奴だから断るなんて言うほど冷徹になった覚えはないぞ。勿論、助けを求められても全員を助けることなんて俺にはできないけど、俺が敵として見定めた奴を潰しに行くついでに助けることなんて造作もない訳で。


「元々、奴隷は全員解放するつもりだったんだから、それに乗っかって自分の大切な人とやらを助ければいい。それでいいだろ?」

「……貴方は、馬鹿なんですか?」

「馬鹿って言うことはないだろ」

「いいえ、馬鹿です。亜人種を積極的助けるなんて馬鹿以外のなんなんですか?」

「そういう人なんだから諦めなさい」


 そういう人ってどういう意味かな、マリーさんや。

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