第46話 競売場

 戦いにおいて最も大事なものは事前の準備と考える。それは人間対人間でも、人間対モンスターでも同じことが言えると思うし、俺はあらゆる戦いの前に準備を済ませておきたいと考えている。勿論、突発的に戦いになってしまうことは多いから人生の全てがそう上手くいく訳ではないんだけども……少なくともこちらから攻撃を仕掛けるためには準備を怠ることはない。

 犯罪組織タナトスと戦うことを決めた訳だが、その為に必要な情報を集める必要がある。開拓者として名前はそれなりに売れているが、顔まで割れている訳でもない俺が襲撃場所である奴隷市場を視察に来たのはそういう理由な訳なんだが……この国にもこんな腐った場所があるとは思わなかったな。


「さぁさぁっ! そこのお兄さん、この奴隷は具合もいいですよ!」

ヤクは投与していない自然体ですよ!」

「欠損ですがまだまだ使えますし、勿論欠損しているからある程度は安くします」


 殺したタナトスの男から回収して招待状とやらを持って貴族の屋敷に向かえば、そこにあったのは縁日の屋台のように並ぶ、奴隷の檻。ここに集う人々はそんな奴隷たちを見つめてあれがいいとか、これがいいとか喋っているが……俺は今すぐにも全員消し飛ばしてやりたい気持ちを抱えながら更に道を歩く。

 しばらく不快な場所を歩いていくと、黒い服を着た厳つい男たちに招待状の確認をされてそのまま見せると、無言でカーテンを開けて奥に通してくれる。そこに広がっているのは……更に醜悪な光景。


「10」

「15」

「18!」

「もう一声!」

「25!」

「50」


 競り、というものがある。売主が複数の買い手を同時に相手にして、最も高額な金額を提示した人間に対して商品を売る商売形態だが……ここでは希少な奴隷を競売がかけられている。表で売っていた欠損奴隷や汚らしい安い奴隷たちとは違い……ここに売られているのは女であれば誰もが振り向くような美人や亜人種、男ならば筋骨隆々の肉体労働に使える健康体などだ。

 複数の声が上がり、まさに競りが行われている会場を見て、俺は感情を抑えながらぐるりとその場を見渡してみる。地下競売場なだけあって、ここに入ることができる道は少なさそうだ。恐らくあの競売にかけている人間の後ろにある扉からも地上に繋がる階段か梯子があると思うが……あれが何処に繋がっているのか確認しなければならないな。


「おや、見ない顔ですねぇ」


 立ったまましばらく場内を観察していると、初老の男性にいきなり声を掛けられた。怪しいと思われたのかと警戒してちょっと焦ったが、喋りかけてきた男は特に気にした様子もなく競売を眺めていた。


「……何分、初めてなので」

「おやおや、初めての客とは珍しい。最近はタナトスも警戒して新規の客を増やしていないと聞いたのですがね?」

「まぁ、ちょっとした伝手ですよ」

「なるほど……それはいい。伝手というのはいざという時に自分を生かすものですからね」


 ほっほっほ、と笑いながら奴隷たちを眺めている老人は、そのまま離れていった。

 タナトスが新規の客を増やしていないというのは、少し気になる情報だ。最近は評議会の警戒も強まっているから、それを感じてのことなんだろうが……もしかしたら時間をかけることができないかもしれない。なにせ相手は国を超えて犯罪をするような連中だ。警戒されていると知ったら、平気で奴隷を放置してこの街……いや、この国から逃げ出すだろう。それだけは駄目だ……先に潰しておかなければ。



 結局、俺は悪意の巣窟に堪えることができなくて早々に奴隷市場から離れた。街の中心にほど近い貴族の屋敷、その地下に存在する奴隷競売場なんて、国からしたら大スキャンダルだ。特に、貴族なんて王政が解体されてから金だけ持っている屑共みたいな扱いをされていたのに、こんなことを裏でしていると知られたら速攻で貴族も解体されるかもしれない。と言うか、評議会はそんなことをした連中を放っておくわけがない。


 今回の偵察で分かったことは幾つかある。

 まず、犯罪組織タナトスには大規模な戦闘部隊が存在するであろうということ。奴隷市場の中を警戒していた連中は全員が同じ服で、同じような武器を持っていたことからもなにかしらの組織の人間であることは間違いない。そしてそれは、タナトスの持つ武力である可能性が高い。

 もう一つ気になったのは、奴隷市場にやってきている人間は基本的に裏社会の人間であるということ。俺はてっきり表で華々しい成功をしている人間が、裏で集まってやっていると思っていたんだが……会場を見渡した限り、そんな表で成功している奴らの顔は見えなかった。勿論、本人が出ずに遠回りな方法で参加している可能性はあるし、知らされていないだけでそういうVIP連中だけが集まるような日があるのかもしれないが……少なくとも今日は見かけなかった。


 襲撃は成功するだろう。正直、大規模な戦闘部隊と言ってもこちらの戦力はマリーだけで過剰なぐらいだ。地下競売場という構造上、逃げ道も決して多くはないし、地上に誰か1人を待機させておけば逃げ出す連中を全員捕らえることも簡単だと思う。

 問題は……売られている奴隷をどうするのかって話だ。当たり前のことだが、全員を助けて俺が養うなんてことは到底できない。そもそも亜人種や欠損している人間なんかを全員抱えて助けられるような力があったら、こんな回りくどいことをせずに真正面から潰している。


「難しい顔をしていますね」

「……誰だ?」


 いきなり喋りかけられたのでマリーかと思ったが、振り向いた先にいたのは銀色の髪を揺らす謎の女。俺が奴隷市場を偵察していることがバレたのかと思って、小さな短剣を手の中に生み出したが、女は手を広げて自分が無害なことを示していた。


「取引しませんか?」

「悪いが、詐欺に興味はない」

「あの奴隷市場には私の大切な人がいるんです。それを助けたい」


 何故、俺が奴隷市場にいたことを知っているのか。なにより何故俺が奴隷市場を襲おうとしていることを知っているのか。聞きたいことが突然複数できたので問答無用で逃がすつもりはなく、手を伸ばそうとしたら女は煙のように消えていた。


「明日、世界樹の根元で会いましょう」

「……世界樹に近寄ったらドラゴンが黙ってないぞ」

「ふふ……大丈夫です。貴方の自宅にいれば襲われることはありませんから」


 偵察に来ただけで、面倒なものに絡まれてしまった。俺の家のことまで知っているとすると、もう諦めるしかない……さて、どうするかな

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