第45話 人間じゃない
信用していない訳ではない。しかし、組織というのは大勢の人間が所属しているから、その中には想像もできない馬鹿や悪い奴がいることなんて当たり前だと思っている。だから俺は組織ってものを基本的に信頼していない。取引相手として一定の信用があるが……完全に心を許すことはできない。それは、俺とそれなりに取引をしているラクリオン商会とて同じことだ。
獣人族と森の守護者がこの世界樹の根元に住んでいることを知っているのは、ラクリオン商会の人間だけだ。クレアが言っていたように亜人種の人権なんてないからって理由で奴隷に狙われるとしたら、その情報はラクリオン商会の人間からしか漏れることはない。取引相手を疑いすぎるなんてあんまりしたくないことなんだが、こればかりは仕方がない。
「それで最近、ちょっと雰囲気が張り詰めているのね」
「……そんな張り詰めているつもりはないんだけどね」
雪の中に埋もれてしまった野菜を掘り出す作業をしていたら、手伝ってくれていたマリーが犯罪組織の話を聞いて俺が張り詰めた雰囲気を見せていると言った。俺としては全くそんなつもりはなかったんだが……普段から俺のことを見ているマリーの言葉なので本当かもしれない。
意識していなかったんだけども……無意識的に警戒しているのかもしれない。人間とそれなり以上のトラブルがあったばかりだからってのもあるけど、それよりも獣人族や森の守護者たちとはいい関係を築けている訳だから、それを壊そうとする連中が許せないだけかもしれないけど。
「それにしてもそんな犯罪組織聞いたことがないと思ったけど、国外からやってきたなら私は知らないわね」
「そりゃあそうだろうな」
迷宮探索者をやっていたマリーは国外のことについて詳しくないと思う。持っている国外の情報なんて俺と一緒に開拓者をやっていた時のもの……つまり数年前の情報だからな。
それにしても国際的な犯罪組織ってことは、俺が想像している以上の規模ってことだよな。悪いことならなんでもやっているとクレアは言っていたが、そんな組織を評議会が放置し続けるとも思えないので、全面的な対決がそのうちあるんじゃないだろうか。巻き込まれたくはないが……マグニカから近い人間のいない場所って考えると、セルジュ大森林は犯罪者からすると隠れるにはかなりいい場所だよな。
「あまり心配しなくてもいいんじゃない? 守護者も獣人も、絶対に守らなきゃいけないほど弱い訳でもないでしょう?」
「そうなんだけどさ……でも、やっぱり仲間の安否は心配でしょ?」
「仲間、ね」
開拓者として仲間も殆ど作らずに歩き回っていた奴にそんなことが言えるなんて、みたいな視線を向けられてしまったが、今の俺は自由気ままな開拓者じゃなくて、世界樹の管理人だからな。仕事が変わればそりゃあ態度も変わるさ。
でも、マリーの言うことは一理ある。俺が守ってやらなきゃなんて思うような弱い奴はそういない。勿論、獣人族や森の守護者たちにも子供がいるからそういうか弱い奴は守ってやらないと、なんて思ったりもするけど……それ以外の大人たちは普通に強いからな。なにより、今の世界樹にはメイがいる。ドラゴンをなんとかできるような犯罪者組織なんてあったら国が簡単に滅びるだろうから、大丈夫だとは思うが。
「それより、気を付けるなら貴方よ」
「俺?」
「ここに住んでいる人の中で貴方が一番、マグニカに行くことが多いでしょう?」
そりゃあ、俺には
「街で物騒な事件が沢山起きているんだから、巻き込まれやすいのは貴方なのよ? そりゃあ、ヘンリーの力は知っているから巻き込まれても無事だとは思うけど……無事かどうかと、巻き込まれて心配ってのは別なんだから」
「あー……うん、気を付けるよ。と言うか、マグニカに行く時に気を付けるって話だと、アルメリアとマリーもだろ」
俺と違って2人はまだ探索者を引退した訳ではない。用事って言うなら絶対に2人の方があると思うんだ。
「なんにせよ、この場所はあの商人たちから漏れない限り安全だから大丈夫」
そのラクリオン商会の人間が問題なんだけどね。
杞憂で済んでくれればよかったんだけど、本当にラクリオン商会の人間から漏れたらしい。やっぱり巨大な組織ってのはどこか腐っているのかもわからないものだし、犯罪組織の情報収集能力も侮れないものだ。
俺の前に転がっているのは、メイの拳によって上半身に大きな穴が空いた犯罪者の死体と、それを目の前にしてガタガタと震えている男。たった2人でこの森にやってきたこいつらの目的は……予想通り亜人種だった。
「た、頼む! 見逃してくれ!」
「タナトス、だっけ? お前らの組織の名前」
「そうだ! 知ってることならなんでも喋るから、命だけはっ!?」
「……人身売買してるらしいな。何処で売ってる?」
「きょ、興味があるのか? それなら教えてやるよ。マグニカの貴族の屋敷で競売をしている……毎月の終わりの陽が完全に沈んだ時間にやってる! 証を見せれば招待客として入れる! これでいいか!?」
命乞いと共に俺に向かって差し出してきた会員カードみたいな証を受け取ってから、俺は頷いた。
「あぁ、これでいいよ、メイ」
「ん」
「え」
ぼちゅん、という音と共に男の顔が潰れ、首からしただけが力なく地面に横たわる。本当は生かしてやろうかと思っていたんだが、奴隷に興味があるのかと言われて普通に頭にきたので殺させた。自分で手を汚しても良かったのだが……それはまた今度に取っておこう。
手の中にある証とやらを触りながら、俺は自分の中の何かが冷えていく感覚を味わっていた。恐らくは……人間として同じ人間を殺してはいけないという本能的な部分が冷えているのだ。あれは……俺たちと同じ人間じゃない。
「……1人で乗り込む気?」
「勿論」
「それで潰すって訳ね……でも、それって1人で組織に喧嘩を売るってことよ?」
「問題ないだろ。反撃してくるなら徹底的に潰せばいい」
俺は隠居した身だが、降りかかる火の粉を払うぐらいはするし、気に入らない連中を潰す為に重い腰を上げることだってやぶさかではない。
「……私も行くわ」
「当然ですけど私もついていきますからね! ヘンリーさんの弟子ですから!」
「俺も行こう……亜人種が狙われているのならば他人事ではない」
「5人だな」
マリー、アルメリア、リュカオン、リリエルさんが一緒に来てくれるらしい。仲間は多い方が安心するけど……なんとなく付き合わせるのも悪いかなと思ってしまったが、口にしたら怒られるから黙っておこう。
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