第44話 物騒な事件

「だから無理だって」

「ですよね」


 雪の中やってきたクレアに、俺は一言で断った。内容は探索者協会が再び開拓者として俺が復帰して欲しいって話だったが……何度言われたって復帰するつもりはない。

 クレアも最初は引退するなんてもったいないとか、命を救われてからずっとファンだからもっと活躍している姿を見たかったとか言っていたけど、俺が絶対に復帰する気はないと知ってからは面と向かって言ってくることはなくなった。流石にファンを名乗っているクレアに関してはちょっと悪いことしてるかなって思わなくもないんだけど、探索者協会については何にも思わない。

 別に開拓者みたいな微妙な立ち位置だったから冷遇されていたとかいじめられてたとかはないんだけども、単純に俺の気持ちの問題なので復帰することはないだろう。それこそ俺の中の常識が崩れるようなことでも起きない限りは、絶対に復帰することはない。


「……開拓者として、疎まれていたんですよね?」

「まぁ、それはあったな」


 協会は俺のことを冷遇なんてしていなかった。けど、他の探索者たちは俺についてあまり良く思っていなかったのは事実だと思う。そこら辺の迷宮探索者よりもよっぽど稼いでいたし、知名度もあったからね。人間だから妬み嫉みみたいな感情はあって当たり前だと思う……だから直接的になにかしてこない限り俺は何も反応しないようにしていた。ま、開拓者であちこち飛び回ってたから人になにかされたこともないんだけどな!


「人間の社会は大変だな……数が多いからか」

「まぁね」


 ラクリオン商会の人間となにかしらの取引をしていたリュカオンが俺とクレアの会話に入ってきた。

 雪が積もっても来なかったからてっきり春までやってくることはないんじゃないかと思っていた獣人族たちは、雪を掻き分けながら世界樹の元にやってきた。どうやら住んでいた山の方はここよりも凄まじい豪雪だったらしく、逃げるようにしてここにやってきたらしい。獣人族なだけあって寒さには強いらしいが、余りにも多すぎる雪の対処には苦労しているらしいからな。

 獣人族が本格的に定住したことを知ったクレアが、今回初めて獣人族と取引をするためにラクリオン商会を率いてやってきたと言うことだ。


「どうだ? 俺たちと一緒に生活してみるか? お前の強さだったら誰にも疎まれずにそのまま何もかも好きに生きることができるぞ?」

「既に世界樹の根元で好き勝手に生きてる俺にそれを言うのか?」

「それもそうだな」

「全く……確かにここまで人間社会と離れた生活をしていると、しがらみもないかもしれないと思いますけど……ドラゴンをけしかけて軍隊を半壊させたことは結構な問題なんですよ?」


 事前に相談していた相手なだけあって、クレアは俺がメイをけしかけて人間を攻撃したことを知っているのでこういう苦言を呈してくる。


「俺はあくまでもメイと契約しているだけで従えている訳じゃないから、人間を攻撃しても俺にはどうすることもできないんだよ。とは言え、世界樹に近寄らなければ別に問題ない訳だしいいだろ?」

「そういう言い訳は上手いんですから……」


 言い訳って言うな。実際に俺としてはなるべく人を殺して欲しくないと思っているけど、そんなことを言って聞くような奴じゃないことはわかりきっているだろう。勿論、無理やり命令すればメイを止めるだけの契約の力はあるが……それをしたら、恐らく彼女は契約を無理やりにでも破壊する方法を模索して人間を皆殺しにするまで止まらなくなると思うから。言うならば、今の状況が妥協点な訳だ。気まぐれにマグニカまで行って街を滅ぼしていないだけマシだと思った方がいい。ドラゴンってのは本来、それぐらいどうしようもない自然災害みたいな存在なのだから。


「ま、冗談抜きでお前のような強い男は種族関係なく子孫を残した方がいいのではって話は俺達の方で出ていてな」

「嘘だろ?」


 なんでそんな話になってんの? そもそも人間と獣人族のハーフとか聞いたこともないから、成立するかどうかもわからないのに。


「子孫を残すとかはどうでもいいんですけど、貴方の開拓者としての技術は誰かに引き継いでいかなければならない大変素晴らしい技術だと思います。ヘンリー・ディエゴの名前が残らなくても、開拓者としての技術はキチンと継承するべきだと私は思いますけどね」

「それならアルメリアがいるだろ」

「彼女は確かに貴方の弟子ですけど……開拓者としてはちょっとなんか貴方とは違うと言うか……」


 言いたいことはわかる。俺は結構文明とか隅々まで見て回って歴史的な部分を考察するのが好きで開拓者やってる感じ合ったけど、アルメリアはあくまでも金が稼げればいいと思っているから、俺にとって当たりの遺跡もアルメリアにとっては金になるものがない遺跡ぐらいにしかならないからな。言うなれば、俺は研究者に近いタイプで、アルメリアは本当に金鉱脈を探している人みたいな感じだ。そこら辺はアルメリアよりマリーの方が理解してくれるかな。


「それはそうと、気を付けてくださいね」

「何に?」

「最近、マグニカの方はそこそこ物騒な事件が多いんですよ」

「事件?」


 セルジュ大森林に引き籠って人間社会から離れて暮らしている俺には全く情報が届いてこないのだが、そんな話はあっただろうか。


「どうやら、最近やけに大きな犯罪組織が国境を越えて活動しているとか」

「犯罪組織って……盗賊団みたいな?」

「そんな小さなものじゃないですよ。人身売買、違法な薬の密造密売、立場のある人間の暗殺、なんでもやっている大きな組織があるみたいなんです」

「……言っちゃなんだけど、俺みたいな森の住んでいる人間には関係ないことじゃないか?」

「問題はヘンリーさんじゃなくて、獣人族と森の守護者です」

「亜人種を、売ってるってことか?」


 俺の言葉を聞いて、リュカオンの耳が動いた。


「人間は亜人種との関りが殆どありません。亜人種なんて何をしてもいい存在としか思っていない人も多いですし、物珍しさで奴隷として扱う人も……」

「奴隷? ヨハンナじゃ評議会政治になってから禁止されてるはずだろ」

「勿論、奴隷なんて公で言ったりはしませんよ。でも、実質的に奴隷のように扱っていることがあるってことです」


 はぁ……金持ちの考えることはわからんな。

 俺みたいな人間には関係ないが、獣人族や森の守護者がここで過ごしていることを知られたら面倒なことになるってことね。確かに……人の口には戸が立てられないとは言うからな。

 俺はちらりとラクリオン商会の人間に視線を向けてから、ため息を吐いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る