第36話 妙案

「ちょっといいか?」

「……これでもラクリオン商会の会長、もう少しこちらのことを考えてくださると嬉しかったんですが」

「そっか。邪魔したな」

「わーっ!? 忙しくなくなりました! 滅茶苦茶暇です!」


 なんなんだよ……俺は別に当たり前のことを言われたから引き下がろうと思っただけなのに、なんでそんな必死になるのかわからん。ちょっと常識的に考えたら商会の会長にアポイントメント無しで会いに来た俺の方が非常識だろうが。

 ラクリオン商会の会長、クレア・ラクリオンを訪ねてやってきた俺はお茶を出されながら高そうに椅子に座る。ふわふわで座っているだけで眠れそうな高品質な椅子……高そうだけど買おうかなと思ったけど、多分家に持って帰っても誰かが常に座って俺が座れないだろうからいいや。


「それで、どのようなご用件なんですか? もしかしてもう道が開発されたとか? 流石にそこまでの開発速度を考慮していないのでちょっとまだ厳しいですねぇ」

「今、ちょっと研究者と揉めそうな状況でな」


 俺の言葉を聞いて、クレアは紅茶を飲もうとカップを口に近づける動作を止めた。頭の中で様々な情報がぐるぐると回っているのだろうその姿を見ながら、俺は淹れて貰った紅茶に口をつける。渋めで美味しい……砂糖を入れて飲むのはやはり邪道だな。


「……世界樹に関する話ですね? 確かに父からそれらしい話は聞いていましたが、まさかもう既に研究が始まっているんですか?」

「んー、多分今はまだ前段階の調査中って感じかな。ただ、世界樹であることは確定しているから……これから俺に対して本格的に攻撃してくるんじゃないかな」


 物理的な面でも、精神的な面でも研究者たちの攻撃はやってくるだろう。俺だけで平和的な対応なんてできないので、既に商会としてこちらと契約する気のあったクレアに話を通すことで、なんとか評議会に影響を与えられないかと考えてやってきたのだが……クレアの表情を見る限り難しそうだ。


「ヘンリーさんが、私の父が持っている評議会議長という権力の影響力を考えて話してくださっていることは、わかるのですが……世界樹が人間にもたらす恩恵を考えた場合に、評議会が研究を中止するように言うことはないと思います……むしろ、相手がただの探索者であると知れば、きっと潰しに行きますよ」

「だよなぁ……なんとかならないかな」

「なんとも、ならないかと」

「そっかぁ……街中で派手に暴れてぶっ壊すとか?」

「……指名手配されて一生、マグニカに入れなくなりますよ?」


 知ってる。

 評議会のスタンスは基本的に国の得になるか損になるかの簡単なもの。世界樹が人間に対して多大な好影響をもたらすとわかれば、きっと金と人員を投じて俺のことを排除しに来るだろう。セルジュ大森林を開拓しないなんてルールは速攻で撤回され、様々な手段を使って俺や森の守護者を追い出しにかかり、あっという間に世界樹はヨハンナのもの。

 うーん……簡単に想像できるが、なんとかして抗う方法はないか。


「……ドラゴンと契約を結ぶとか?」

「どうしてそこでドラゴンが出てくるのかわかりませんが、ドラゴンが出てきたら討伐隊が組まれるだけでは?」

「討伐隊を組んだぐらいでドラゴンが倒せるかよ……とは言え、どちらかと言うと俺はドラゴンに借りがあるからなぁ……頼んでも絶対に嫌だって言われるだろうし」

「ドラゴンと伝手があることそのものに驚いた方がいいんですかね」


 メイがそんな協力的な奴なら、今頃こんなことにはなっていないし……俺たちの力でなんとかするしかないか?


「そもそも、議長には決定権はありません。話を楽に進めるために議長がいるだけで、基本的に権力が評議会の7人が全員同等です」

「つまり、話を覆すには評議会の過半数……4人を味方につけなければならないと」

「はい。しかし彼らは金では動かないでしょうし、基本的に人類の為にだけ動くことは共通しています。世界樹が手に入るとなれば……まず反対する人はいないでしょう」


 面倒くせぇ……やっぱりマリーやメイの言う通り、力で全てを解決してしまった方が楽なんだろうな……その後に生まれる歪みを考えなければ、強い奴が強く振舞えばそれで解決だ。しかし……それでは意味がない。


「……仮に、あの世界樹が森の守護者や獣人族にとって無くてはならないもので、手に入れようとすれば戦争になるとわかれば、どうなると思う?」

「……難しい話ですが、過半数の反対を得られるほどの力はないかと。亜人種族は確かに世界樹と同じくらいの影響力はあるでしょうが、それでも人類にもたらす利益は世界樹と比べたら雀の涙……まず封殺され、よくて研究対象」

「世界樹を移動させることができればいいんだがな。人類の生活圏から離れた場所に植えることができれば関係なく穏やかに過ごせるかもしれないのに」


 マジでどうしようもないのか。本当に……戦うしかないのか?


「もし、世界樹がヘンリーさんの所有物だとしっかりと証明できれば、国から手を出すことはできなくなるはずです」

「どうやって証明するんだよ。そもそも世界樹が誰かのものなんてどうやって判別するんだ? 名前でも書いておけって?」

「土地を正式に所有するんです。セルジュ大森林を開拓しましたと言って、その土地を金で国から買ってしまえば……それで世界樹はヘンリーさんのものです」


 国とマネーゲームして勝てる訳ないだろ。


「勿論、国と真正面から金のやり取りをして勝てるなんて私も思っていません。しかし……それと同等の価値を持つことならどうですか?」

「たとえば?」

「……貴方が、探索者として復帰して迷宮を探索するんです。もし最下層まで探索することができれば、それは人類に対して計り知れない利益を生む行為です。もしかしたら……世界樹に匹敵するほどの」


 意味がわからん……俺が利用されてそのまま世界樹だけ持っていかれるかもしれないだろ。それに、なにかと理由をつけて俺に探索者復帰させたいって意見にしか聞こえないぞ。


「あるいは、評議会を丸め込めるだけの依頼を聞いてなんとか世界樹の土地を主張する。これならそもそも研究者を評議会が止めてくれますし、評議会に止められてまで調査するような権力は研究者たちにはありません」

「……どっちもクソだな」


 結局、俺が無償で評議会の為に働かなきゃいけない意見であることには変わりがない。


「これ以外となると……もう力で対抗するしかありません」

「……力?」


 いや、待てよ? もしかしたら……人間と戦わずにしっかりとセルジュ大森林から追い出すことができるかもしれない。

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