第37話 世界樹の番人

 覚悟を決めた。

 人間を戦うことができないのは色々と言い訳してきたが、メイの言う通り俺には覚悟がないからだ。人の命を奪うと言う行為に対して前世の倫理観を持ち込んで、勝手に拒否感を生み出していた……それは今も変わらない。俺は直接自分の手を使って人を殺すことに対して覚悟なんてきっと死ぬまで持つことはできないだろうし、アルメリアやマリーが俺の知らないところで人を殺しても、ニュースで人が死んだことを知ったぐらいの感想しか出てこないだろう。けど、ここで一つの覚悟を決めようと思った。

 クレアと相談して俺はセルジュ大森林から人間を追い出す方法を一つ考え付いた。しかし、それは今までの俺には決してできない……それこそ覚悟が無ければ無理な方法。


「メイ」

「んぁ?」

「お前の呪いを頑張って解除してやる」

「……なんだ急に?」


 覚悟は決めた。後は行動するだけだが……この行為が本当に人間として正しいのかどうかはわからない。けど……自分の身を守ったり、大切な人を守るためにはやるしかない。


「呪いは解除してやるけど……その代わり、俺たちには手を出すな。出したらもう1回人間にしてやるからな」

「……おいおい、その目はようやく人間として覚悟が決まったのか? 私を殺すことができる人間らしい目になったじゃないか」

「等価交換じゃないけど……呪いを解除してやるから世界樹を守れ」

「要求が変わってるぞ。そもそもこの呪いはお前が勝手にかけたもので、お前が治すのが筋ってものじゃないか?」

「ドラゴン相手に筋なんてあるか。エゴを押し通してるんだよ、こっちは」


 そもそもメイが人間を襲わなければこんなことにはならなかったんだから、自業自得な部分もあるだろ。そういうことにしてなんとか誤魔化そう。仲間を守る為に……メイには犠牲になってもらう。


「……どうやって解呪する気だ? こんなことを言っておいてできませんでしたなんて話にならないぞ?」

「方法はある」


 俺が使う魔法創造クリエイトにできないことはない。厳密には俺が想像しきれないものは作り出せないのだが……メイの身体にかかっている呪いぐらいなら本気になればきっと解呪できる。メイは俺の創造クリエイトならばドラゴンを殺すだけの武器を生み出すこともできただろうと言っていたが……確かに、もしかしたらできたかもしれない。けど俺にはそれだけの覚悟がなかった……力はあっても覚悟が無ければできはしないだろうが、その覚悟を手にすればなんてことはない。


「どうする? 提案を受け入れるか?」

「…………いいだろう」

「契約で縛ることになるぞ?」

「構わないとも。世界樹を守ればいいんだろう?」

「俺たちを傷つけずに、な」

「ちっ」


 世界樹を害する存在を敵として認識して、世界樹を守ればいいと言わんばかりのメイだったが……どう考えても俺たちが世界樹を害しているとか理由をつけて攻撃してくる気だったので釘を差しておく。妥協はしない……ここで契約の穴を突かれるようなことをされれば非常に面倒なことになる。


「わかった。どちらにせよ解呪して貰わないと私はなにもできないからな……多少は飲み込んでやる」

「契約内容は世界樹を守ること、俺たちを傷つけないこと……この俺たちってのはアルメリア、マリー、ラクリオン商会の関係者、獣人族、森の守護者、グレイだ」

「ふむ……私がそれ以外の人間に攻撃してもいいと?」

。俺の言うことは聞いてもらうけどな」


 力強く断言すると、メイは目を見開いた。


「くく……面白い。いいだろう」

「なら解呪するぞ……創造クリエイト


 ここからは俺の仕事だ。

 頭の中にまず武器を思い浮かべる。今回は短剣……様々な効果を付け加えられているものとして俺がもっとも簡単に想像できたのが短剣だったからだ。そしてそこに効果を付け加えていく……これが難しい。

 まず、必要なのは呪いだけを取り除く力。メイが持っていたドラゴンとしての力を損なわずに、身体を蝕んでいる呪いだけを取り除く力を付与してから……短剣にどうにか押し込める必要がある。絶大な効果をただの短剣に込めることはできないので、少しずつ大きさを調整していき……膨大な魔力を消費して短剣を生み出す。


「ぐっ!?」


 身体中から汗が噴き出るのを感じながら、手の中に短剣を生み出す。大量の魔力と体力を消費して作り出した短剣は鈍い銀色に光り、地面に突き刺さる。


「ん、これは使えばいいんだな? 熱っ!? 持てんぞ!?」

「俺しか使えない……これだけの能力を込めると使用者を制限しないと短剣には収まらなかった」


 20Lしか入らない水桶に30Lの水はどうやっても入らないように、短剣に形を押し込めるにはどうしたって削らなければならない能力、制限を付け加えて不便にすることで器を無理やり拡張したりしなければならない。

 今回の武器……解呪剣カース・ブレイクは俺しか使用できず、呪いを解呪すれば即座に破壊される。そういう制約をつけることで無理やり呪いを解呪する力を与えることができた訳だ。


「ふぅ……しっ!」


 解呪剣カース・ブレイクをメイの身体に突き刺す。身体に深々と突き刺さったはずの短剣から血は出ない。しかし、黒い靄のようなものが滲みだし……そのままメイの身体全体を覆っていく。メイの身体から離した解呪剣カース・ブレイクをその靄に対して投げ込み呪いを完全に破壊すると、地を揺らしながら巨大なドラゴンが立ち上がった。


「ふははははははっ! 力を取り戻したぞっ! この万能感! この絶対的な力! やはり私こそのこの世の頂点に立つ最強の生物!」

「……世界樹は守れよ」

「ふっ」


 俺の呟きを聞いたメイは、爪を光らせてから俺の命を奪うために地面に前脚を叩きつけた。しかし、その前脚は俺に当たる直前で止まり、風圧だけを生み出す。


「……しっかりと契約は交わされているか。お前が未熟で全く効力の存在しない契約かと期待したがそうでもなかったな」

「おすわり」

「は? いきなりなにを──」


 俺の一言を聞いて、家の中から飛び出してきたグレイが俺の近くに伏せる。同時に、大空に羽ばたこうとしていたメイの身体が地面に伏せられる。


「う、動けん……馬鹿なっ!?」

「俺の言うことは聞いてもらう……そう言ったはずだが?」

「……貴様、謀ったな?」

「馬鹿言うなよ。聞いてなかったお前が勝手に契約を結んだのが悪いだろ」


 俺は世界樹を守ることと、俺たちを傷つけないことを条件に入れ、人間を攻撃することを承諾すると同時に俺の言葉を聞いてもらうように言ったはずだ。絶対服従とまではいかないが……あくまでも契約の上位者は俺だ。


「ぬがぁっ!? おのれぇ……いつか必ず食い殺してやるからなっ!」

「やってみろ」


 これでメイの解呪はできたし、世界樹を守る番人も作り出せた……後は人間がやってくるのを待つだけだな。

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