第35話 決断の時

 数日の時間が経っても、世界樹の元に人間がやってくる気配はない。元々、国の方針としてセルジュ大森林は基本的に放置という考えはあるんだろうが……それにしたってここまで全く反応がないのはかえって不気味。なにかしらの準備をしているのではないかと疑いたくなるのも仕方がない。


「ヘンリー? 野菜の蔓が伸びて家に絡まってるんだけど」

「あー、うん……切る」


 世界樹の恩恵によって通常よりも巨大に成長した野菜たちによって、家が侵食されかけていることを除けば平和だと言えるだろう。

 こんな風な世界樹の力を知れば、きっとまた人間はやってくるだろう。その時に俺はどうやって対応するか……相手が話し合う姿勢ならばしっかりとこちらも話し合いに応じればいいだけの話なんだが……問題は相手が強硬姿勢でこちらを追い出そうとしてきた時だな。今から考えても仕方がないかもしれないが、その日はいつか来る。それだけ世界樹がもたらす恩恵は、人間にとって得になるからだ。


「……駄目ですね」

「そうかぁ……マジであの男は私に何をしたんだ?」


 野菜の蔓を切ろうと鋏を持って外に出ると、アルメリアがメイの身体をペタペタと触っていた。一見するとアルメリアが幼女に手を出している犯罪現場にしか見えないんだが、どうやらメイの方から頼んだらしい。

 アルメリアは俺の弟子として開拓者をしていることを喋ってあるので、きっと呪いを解く方法をなにか知らないかと聞いたのだろうが……知っている訳がないと思う。あの呪いは俺もどこで手に入れたのかよくわかってないし、危険だからってしまい込んでいる呪いは多いから頭の中でこんがらがっていることもままある。


「お前に言ってるんだぞ? ん?」

「ごめんって……それに関してはマジで考え無しで使った俺が悪かったから」

「全くだ。お前、本気を出して戦えばあの時、呪いなど使わなくても私に傷をつけることができただろうに……何故本気を出さない」

「出さないって……俺だって本気で戦ってたつもりだよ?」

「嘘だな」


 嘘じゃない。俺はあの時、自分が出せる本気を出していた。ドラゴンという強大な敵を前にして手加減できるほどに肝は据わっていないし、そもそも俺の魔法でドラゴンの強大な身体に傷をつけることはあの時点ではできなかった。ただ……使用していない魔法なら幾らでもあるじゃないかって話なら確かにそれは本当だ。その中にドラゴンを殺し切ることができる魔法があるのかどうかは、俺も知らないが。


「自らを弱者の様にして色々と言い訳しているようだが、お前は覚悟がないだけだろう」

「……なんの?」

「自らが強者となってその先頭に立つ覚悟がない。だから弱者と共に力を合わせればなんとかなるなんて馬鹿みたいな話を信じ、あの無力な森の守護者や獣人と手を組もうとしている。お前は余計なことを考えずにただひたすらに支配すればよかったんだよ……そうすれば、今のお前の悩みなどなくなる」


 力で人を支配すれば、必ずどこかで歪みが生まれる。メイの言っていることはあくまでもドラゴンとして社会性を持たない立場からの話だ。力を持つ者はその力の使い方をしっかりと考えなければならない……己の快、不快でその力を使ってはただの暴君、快楽殺人者と何も変わらない。


「わからないな……お前は人間の誰よりも先頭に立って全てを支配することができるはずなのに、まるで群れの中でしか生きられない弱者のような振る舞いをする。力を持っているはずなのに、まるで捕食者に怯える草食動物の様だ」

「俺には前に立つような器がないってことだ」

「ふーむ……そういうことにしておこうか。私としては、お前みたいな人間離れした奴が先頭に立たれると面倒だからな。時折お前みたいな怪物が人間の中からぽっと出てきて、私の同胞を単独で討ち取ったりする」


 人間の間でも英雄として語り継がれる人たちのことだろうが……彼らは決して自らの力を証明する為にドラゴンを討伐している訳ではない。自らドラゴンに戦いを挑むような人間は殆どいないってことだ。


「……なんか、物凄く喋りかけ辛い雰囲気だが、いいか?」

「リリエルさん?」


 ちょっと俺とメイの間に近寄りがたい雰囲気ができていたらしく、遠慮がちに喋りかけて来たリリエルさんは俺とメイを見てからため息を吐いた。


「ちょっと前に人間が来ただろ? それの話でな……あの人間たちは、お前と揉めていたようだが、なにがあった?」


 何処から見ていたのだろうか。どうやら森の守護者たちはこの間の一件のことを殆ど知っているらしい。俺としても知っておいて欲しい、と言うか知らなかったら普通に族長に伝えておこうと思っていたからいいんだけども……なにかしらの監視方法があるのだろうか。


「ちょっと……まぁ、世界樹を研究する為に俺に出て行けって話をされただけで……」

「なるほど、らしいな」


 人間らしいって? まぁ、確かに。


「それでお前は当然、私にしたように拒否した」

「うん……でも、向こうもそんなことで素直に引き下がるような連中じゃないと思うし……なにより、世界樹の力によって植物や生物が急成長するなんて影響を知れば、きっと死に物狂いでここを奪いにやってくる」

「だろうな。人間の飽くなき欲望、どこからやってくるのかわからない残忍で黒い心の内は良く知っている。そこのドラゴンよりな」

「む」


 暗に人間のことを舐めすぎだとメイに言い放つリリエルさんは、世界樹を燃やされた過去のことを頭に思い浮かべているのだろう。


「ふむ……我々の助力は必要か? 必要なら、世界中に散らばっている森の守護者たちを集めようと思っているが」

「そんなことをしたら、今度こそ決定的に人間と敵対することになるじゃないですか」

「それでもかまわない。私たちは世界樹を守る為に生きているのだからな……たとえ人間を相手に絶滅戦争をすることになり、多勢に無勢で我々が滅ぶことになろうとも……今度こそ世界樹を守ってみせよう」


 うーん……世界樹を過去に燃やした事件のこともあって、森の守護者から人間に対する印象は最悪。そもそも世界樹を燃やされた事件から世代交代していないっぽいから仕方がないんだけども、やけに人間に対して攻撃的なんだよな。

 俺としては、あまり大きな争いは起こしたくない。人を殺したくないとか、大切な人が傷付いてしまうのが怖いとかではなくて……単純に世界樹のことを案じている。世界樹のことを考えると、全てを穏便に済ませるのがベストだ。

 俺は中立的な立場から、どのような決断を下すべきか。人間と敵対するのか、それとも人間の利益になるように動きべきなのか……それとも、全てを投げ出してしまうか。

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