第34話 大きな流れ

「じゃあ、しばらくの別れだな」

「怪我には気を付けて」

「それはこっちのセリフだが……まぁいいか」

「本当に色々とありがとうございました!」


 リュカオンとユウナを見送る。2人は獣人族の集落に一度戻り、そこで世界樹の近くに住むことができるということを一族に伝えに戻ることになる。道中で左目と何本かの指を失ってしまったリュカオンだが、その力は健在だ……それに、無事に旅を終えることができるようにと必要なアイテムは渡してあるので大丈夫だろう。

 2人を見送ってから家に戻ると、明らかに不機嫌なマリーと目があった。


「おはよう」

「おはよう……まだ怒ってる?」

「怒ってるかと言われたら怒っていないけど……考えは変わっていないわ」


 人間に対するスタンスの違い……なんて簡単に言えればいいのだが、実際はもっと面倒なぐらい根深い話だ。勿論、マリーのスタンスは俺のことを案じているからってのも充分に理解しているが……俺はそもそも人を簡単に殺せるような人間じゃない。そこは、マリーも理解してくれているはずだ。


「なーんで私がここまで怒られたのか理解できん」

「そりゃあ、なんの遠慮もなく考えを口にするってのはあんまり良いことじゃないからだよ……人間の感性では」

「自らの口を自ら塞ぐなんて意味のわからないことをするのは弱者の発想だな。強者とはもっと自由に世界を生きるものなのだ」


 ドヤ顔で語っているメイにため息を吐く。この調子では人間のことを学ぶなんて一生かかっても無理だろうな……呪いを解いてその身がドラゴンに戻った時に、俺が自分の手でけじめをつけなければならないことになるかもしれないので……しっかりと人間らしい感性を持ってくれるか、できればその破天荒で自分中心な考えを改めて欲しい所だ。


 言い方は悪いかもしれないが「そこまで非情にはなれない」ということに尽きる。やられたからやり返す、で相手の命を平然と奪えるような思考回路を持つなんて俺には無理だ。甘さと呼ばれるかもしれないが……他人に気分を害された時、他人に自らの権利を侵害された時、平然と殺してやるなんて思えるほどの情熱は俺にない。大切な人が傷つけられたら誰だって怒る、それは当然のことだ。俺だってきっとマリーやアルメリアが傷つけられたら怒るだろうが……でも多分、相手を殺すまではしない。

 マリーはそんな俺の考えを甘いと言い、俺が相手を殺さないなら自分が殺すと言うだろうが……それもあんまり気分がいいとは言えない。しかし、絶対に相手を殺すななんて不殺の誓いを背負わせるつもりもない。どっちつかずとも言えるかもしれないな……駄目な男だ。


「……やはり私の予想通り、お前は面倒ごとに巻き込まれたばかりだな」

「そんな風に言わないでくれよ。実際、面倒ごとは多いかもしれないが特に大きな戦闘にはならずに済んでいるんだからそれを喜ぼう?」


 シルヴィの言う通り、俺は面倒なことに巻き込まれつつあるような感じもするが……平和に過ごす道はまだある。俺は隠居したいと言ったし、1人で静かに暮らしていくのならばそれはそれでいいと思っていたが、人が多くなったら嫌だと言う訳でもない。最悪、人間の開拓者が沢山やってきても世界樹に変なことでもしない限りは受け入れるつもりだ。世界樹の恩恵を独占するつもりなんて、最初からないのだから。


「さっさと解呪の方法を考えてくれよー……お前のその甘い考えに付き合うのも気分が悪いからな」

「傍若無人、生物の頂点に立っているドラゴンだからできる態度か……中々どうして、ちょっと羨ましいと思うことがあるよ」

「だろう? やはり人はドラゴンへの憧れを捨てきれないということだな」

「否定はしない」


 人類が幾度、ドラゴンを打ち倒そうと戦いを挑んだことか。ドラゴンを討伐した人間が過去、例外なく英雄と呼ばれて人間たちに憧れの存在として強く意識される。それぐらいに、ドラゴンとは強大な敵なのだ。


「しかし、それにしてはお前は私に対してちょっと気安すぎじゃないか?」

「俺は別に憧れてないからなぁ……傍若無人さにはちょっと羨ましいと思うけど、別に無くてもいいことであることは違いないし。なんなら、俺は別に力に憧れたりはしない」


 生きていくだけの力が手にあれば俺はそれでいい……過剰な力なんて持っていても、厄介事を招き入れるだけの面倒ごとの種にしかならない。

 俺の考えを聞いたメイは、呆れたって感じの表情で大きなため息を吐いた。そんなことをされるようなことを言った気はしないのだが……きっとドラゴンの感性では滅茶苦茶馬鹿なことを言ったのだろう。


「暢気なものだな……人間の一生は短いと言っても、厄災はどこからやってくるかわからないと言うのに」

「厄災?」

「世界樹がお前によって植えられたのは偶然のことじゃないと私は思う。世界の流れとでも言うのだろうか……少なくとも、お前は世界樹と共に厄災に巻き込まれる運命にあるのだと私は思うがな」

「運命……知らなかったな。ドラゴンがそんな曖昧なものを信じてるなんて」


 ドラゴンと言えば力こそが全てであり、力を持った存在ならば世界を好き勝手に荒らして許されるぐらいの考えて生きている存在だから、そんな運命とか世界の流れとか、人間が考えそうなよくわからないことは信じていないと思っていた。


「本当に曖昧だと思うか? この世界に存在している大きなうねり……厄災の流れは確実に存在する。人間はそれを運命として曖昧なものであると認識しているかもしれないが、私のような超常的な存在にとってそれはしっかりと認識できるほど近くに存在している厄災の流れ」

「厄災の、流れ……」

「ふ、ふふ……ま、人間が抗えるものではないかもしれないがな!」

「だったら言うな」

「痛っ!?」


 散々、人の不安を煽るようなことを口にしながら最後にはいつも通りドラゴンらしい傲慢さで人間にはどうにもできないと宣言するなら、最初から言うな。

 運命か。物事には既に決められた道があり、どんな存在も無意識のうちにその道の上を歩いている。俺が世界樹を発見したのも、それを植えてここまで育てたのも、森の守護者に、獣人族に、シルバーウルフに、ドラゴンに、出会ったのも全てが世界によって決められていた事象だとしたら。その先にはなにがあるのだろうか……わからない。わからないが……あまりいいものではないだろう。


「……止めよう」


 メイの言葉にそのまま流されて色々と考えてみるが、結局答えなんて出る訳がない自問自答、あるいは世界そのものへの問いかけ。事前になにかの準備をすることなど……人間には不可能なのかもしれない。

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