第33話 非情になれない

「甘い!」

「すいません」


 絶対に言われるだろうと思ったけど、やっぱり言われてしまったな。

 俺に詰め寄ってきたマリーの言葉は予想通りのもの。いくら相手が国の学者とは言え、自らのテリトリーに侵入してきた相手に甘い対応をしている方がおかしいと責めるものだった。勿論、マリーの言いたいこともわかるし……俺だって自分の対応が滅茶苦茶甘いことなんて重々承知している。しかし、それでも俺は同種族の人間に対してあまり厳しい態度を取りたいとは思えない。そう思うぐらいには同族との争いには慣れていない。


「そもそも相手は貴方の権利なんて関係なしに踏み込んできているのだから、貴方が甘い態度を取っているうちはずっと舐めてかかってくるのよ? 毎回こんな甘いことばかり言っていたら……それこそ、ここを追い出されることになるわ」

「それは、そうかもしれないけど……それでもやっぱり、俺はそこまで非常になれない」


 罪を犯したのだから殺されて当たり前、犯罪者なのだから一般人から石を投げられて当然、非難されることをしたのだから自分たちによって断罪されるのが普通のこと……そうして過激なことばかり言うような人間には悪いがなれない。

 確かに彼らは最後に俺を殺そうとした。マリーが言っていた指定毒物とは、とあるモンスターから採取できる遅効性の猛毒。全身に回る前に治療すれば命は助かるが……手遅れになれば人間など簡単に死ぬ。しかし、彼らの最後の攻撃は当たらなかった……未遂だったんだ。


「はぁ……本当に危なっかしい……やっぱり私がここに住み込んで正解だったわ。もう貴方に人間の相手はさせない」

「そんなに信用ない?」

「全くないわ。人の嘘に騙されることはないでしょうけど、貴方は根本的に甘すぎる。たとえ貴方を利用しようとする人間が現れて、それを暴いたとしても……きっと貴方はその相手を無傷で逃がしてしまう」


 そりゃあ……実害が出てなきゃ、ねぇ?


「……私も彼女の意見を肯定する。お前は同族以外にも甘いだろう」

「そんなことはないぞ。モンスターなら普通に殺せるし、人間以外だったら多分……」

「本当か? なら何故、世界樹を狙っていたシルバーウルフを殺さなかった? 何故、武器を向けてきた獣人族を治療した」

「う……」


 今までやってきたことを列挙されるとちょっと厳しいな……でも、実際に開拓者として今まで多数のモンスターを殺してきたのは事実なので、別にモンスターを相手に剣が振るえないなんてことはない。ただ……やっぱり怪我した相手に追い打ちをかけるってのは、ちょっと難しいかもしれない。


「他人の土地に侵入して、更にその土地の所有者に対して攻撃を仕掛ける……普通に考えて殺されても文句は言えない行為だと思いますが、ヘンリーさんはそれでも相手を殺したくないと、寛容でいたいと言うのであれば……私はヘンリーさんの味方になります」

「……今はヘンリーの味方がどうとかじゃないの。貴女は黙っていてくれるかしら?」

「いいえ、ここはヘンリーさんの土地。ヘンリーさんが規則を決める場所……私はただ、ヘンリーさんが嫌がることをしないと言っているだけです」


 俺の傍に立って味方をしてくれるのはアルメリアだが……俺の味方になってくれているだけで、考え方はどちらかと言えばマリーたちと同じらしい。

 俺の感覚がおかしいことは理解している。前世の平和ボケした考え方が頭にこびりついているから、人を殺すことに抵抗を覚えているなんて言って逃げ回っているが……あそこまで強気に踏み込んできて権利を侵害する相手ならしっかりと対応しなければならないことは確かなんだろう。けど……そこまで非常には徹しきれない。俺は……弱い人間かもしれない。


「……いいんじゃないか、別に? ヘンリーが決めた事ならば、俺たちが反対とか賛成とか行ったところで何にもならないだろう」


 そこで意外な助け舟を出してくれたのがリュカオン。獣人族らしく力で決めればいいと言わんばかりに、俺が決めた事ならばそのまま受け入れるべきだと口にした。俺が人間を殺したくないと言うのならば殺さなければいいし、殺したいほど憎い相手ができたのならば殺せばいい……そういうことだろう。

 リュカオンのその言葉を聞いて、マリーは大きなため息を一つ。


「あれを生かして帰したということは、これからこの場所には様々な面倒ごとが降ってくると私は思うわ。それに対して、ヘンリーはどうやって対応するの? まさか、毎回今回みたいなことをするなんて言うんじゃないでしょうね?」

「えーっと……」


 って俺は思ってるんだけども……これを実際に口にしたら即座に叩かれそうなので曖昧に頷いておく。何に対して頷いているんだと言わんばかりの視線を複数人から同時に向けられてしまったが、そのこちらを問い詰めるような視線は高笑い一つで別の場所に向けられた。


「あー、笑える。お前ら人間ってやっぱり馬鹿だろ?」

「……何が言いたいの?」


 冷気を発しながらゆっくりと口を開くマリーに対しても、全く臆することなく再び笑い始めたメイは、口を一度閉じてから俺に視線を向けてきた。


「人間を殺したくないよーなんて言ってる男に、敵を殺せなんて言ったところで無理に決まっているだろう? だったら気が付かれないようにお前が先に始末してしまえばいい……それで解決だろ?」

「ここは私の土地じゃないわ」

「そんなこと言ったら、そもそも人間を殺すのだってお前らの国の法ではダメな訳だろ? ならヘンリーが殺すのもダメじゃないか。自らの領域に入ってきたものに無慈悲に成れと言いながら、都合のいい所では人間の敷いた法に従うなんて面倒な連中だ……全部ぶっ壊してしまえばいいだろう?」


 ちょっと邪悪そうな笑みで牙を見せながら笑ったメイの頭に、俺とユウナが同時に投げた木製のコップが直撃する。


「あ痛っ!?」

「無茶苦茶言うな」

「メイちゃん、ちょっと黙ってて」

「メイ……だと!?」


 自分がちゃん付けで呼ばれたことがよほどショックだったのか、そのままメイは黙てしまった。多分、俺じゃなくてユウナに呼ばれたのがショックだったんだろうが……まぁ、仕方がない。実際、少女の見た目だし。


「とにかく俺は人が侵入してきても絶対に攻撃しない。威嚇することも警告することもあるかもしれないが、攻撃だけは絶対にしない……それは譲れない」

「……いいわ。なら私が貴方のその危うさを守るから」


 それは普通にありがたい。

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