第31話 世界樹です

 同居人が増えてから数日が経過した。

 毎日喧嘩を売って飽きないものだと思いながら、家を破壊しなければ好きにすればいいと思っているので放置している。アルメリアはどうにかしてマリーの弱点を見つけ出して立場を逆転させたいと思っているらしく、毎日のように戦法を変えて戦っているが、絶対防御を崩すことできないらしい。

 そんな2人のよくわからない戦いに興味を持っていない俺やユウナ、リュカオンは平穏な毎日を送っている。


「そろそろ一度、集落に戻ろうと思う」

「傷を完治した訳だしな」

「あぁ……その後、この近くに住めることになったと伝えてまたお前の会いに来る。その時、族長がお前と戦いたがるかもしれないが……済まないが受けてくれると助かる。それが獣人族だからな」

「わかってる」


 獣人族にとって力が全て……って訳ではないだろうが、力が重要な役割を持っていることには違いない。それが獣人族にとって重要なコミュニケーションになるって言うのならば、しっかりと受け入れてやるのが先住民としての役割だな。 

 俺は少し考え込んでから、家の中にしまってる開拓者時代に拾って来たものを幾つか引っ張り出してくる。


「あった……これ、あげるよ」

「これは?」


 俺がリュカオンに手渡したのは金色のコンパス。地磁気を利用して方角を指し示す為の道具であるコンパスだが、俺がリュカオンに渡した金色のコンパスには3つの羅針が描かれている。


「目的地までしっかりと案内してくれる特別な方位磁針でね。上のが設定した場所……まぁ、ここに帰ってくるならここに設定しておけばいい。左が普通の方位磁針。3つ目が……使用者のもっとも望むものに導いてくれる方位磁針……なんて言われてるけど、俺はその通りに進めたことがないからわかんない」

「もっとも望むものに導いてくれる、ね」

「古代文明の遺産から見つけた魔法道具だよ。3つ目がしっかりと機能したことはないから知らないけど、少なくとも他の2つはしっかりと機能してるから問題なし」

「そうか……色々なものをもっているんだな」

「まぁね」


 開拓者として向かった場所は常に未開の自然ばかりだった訳じゃないからな。砂漠の中に埋もれた遺跡にも行ったことがあるし、海に沈んだ遺跡だって行ったことがある。勿論、人の手が全く入ったことがないジャングルなんかも行ったことがあるけど、神話の黄金郷を目指していたってのもあって基本的にそういう古代文明の跡地みたいな場所に行くことが多かったから、不思議アイテムは結構持ってるんだよね。

 黄金のコンパスを渡してから、俺は更に2つの魔法水晶を投げ渡す。


「今度はなんだ?」

「これは普通に街で売ってるやつ。魔法水晶って言って、中に魔法を事前に詰めておくことができる便利な道具だよ。使い捨てでそれなりに高いんだけど、安全に言って帰ってきて欲しいから渡しておく」


 投げ渡した魔法水晶の中に記録されている魔法は魔力の障壁を生み出して身を守ることができるもの。昔はアルメリアに必ず持たせていたけど、今は使う人もいなくなったし……手渡しても問題ないかなって。


「……人間の発想は凄いな」

「コンパスの方は今の人間でも再現できないと思うけどな。魔法水晶の方は本当に凄いと思う……高名な魔法使いが開発したらしいけど、原理は意味不明だし」


 原理を知らなくて利用できるって所が一番すごい所だと思う。


 旅に必要なものをリュカオンに渡した俺は、そのまま外に出て畑の様子を見ようと思っていたら、急に俺の背後にやってきたシルヴィに驚いて剣を向けてしまった。


「……びっくりするからいきなり背後に立たないでくれ」

「すまない。しかし……複数の人間が近づいてくる気配がしてな」

「人間?」


 セルジュ大森林の中に人間が入ってくることなど非常に珍しいことだ。勿論、マグニカからも既に世界樹が見えるほどの大きく成長していることは理解しているし、セルジュ大森林の中にいきなり巨大な樹が生えてきたら調査しようって気持ちにもなるだろう。しかし……どうしたものか。

 俺だけが住んでいるんだったらあれは世界樹だよって話だけで終わりでいいんだけど、ここには獣人族や人間になってしまったドラゴンがいる。それを考えると……そのまま会話して終わりって訳にもいかない。


 念のため、リュカオンとユウナには外に出ないように言って来た。メイなんて言って聞くような奴じゃないからなにも言っていないが、面倒ごとに巻き込まれたくないと考えるならば外に出てくることはないだろう。シルヴィにも出てこないように言い聞かせ、グレイと2人でやってくる人間を待つ。

 しばらくすると、俺やリュカオンが毎日伐採していた方向から複数人の人間が顔を出した。


「おぉ……これがマグニカから見えていた巨大樹か!」

「近くで見ると想像よりも遥かに大きい……こんな樹が、たった数週間で現れたなんて凄まじいことだぞ」

「よし、すぐにでも調査を始めよう。まずは周囲の確保から……い、家があるぞ!?」


 おっそ……もっと早く気が付けよ。


「こ、こんな所に人が住んでいるのか!?」

「どうも」

「うわぁっ!?」


 研究者らしい人たちに挨拶すると、腰を抜かしながら護衛らしき人の背後へと隠れてしまった。護衛として一緒に来ていた男は、研究者たちが自分の背後に隠れたのを確認してから、腰の剣を抜いて俺の方に切っ先を突き付けた。


「名前は?」

「名前?」

「人間ならば名前を持っているだろう? そもそも人間かどうかすら怪しんでいるんだ……しっかりと名乗ってもらおうか」

「あぁ……そういうこと。俺はヘンリー・ディエゴ」

「ヘンリー・ディエゴ? 開拓者の?」


 あれ? 俺のことを知ってるのか?


「ヘンリー・ディエゴと言えば、古代文明の跡地を中心的に開拓していた有名な探索者では!?」

「まさかこんな所で会うなんて……いや、そもそも彼は引退して隠居しているのではなかったのか?」

「あぁ……ここが、俺の隠居してる場所なんだけど」

「な、なに!? セルジュ大森林の中で隠居とは……やはり開拓者の考えていることは理解できないな」


 なんでそんな酷いこと言うの?


「ふむ……いきなり剣を向けて悪かったな。学者さんたちがこの巨大な樹を調査したいって言ってて、報酬が良かったから退屈な仕事だけど請け負ったんだよ」

「退屈な仕事とはなんだ!?」

「これだから探索者は……この調査の意義がわからんのか?」

「この巨大樹がもし、神話に残っている世界樹だった場合はとんでもない発見なんだぞ!?」

「あぁ、世界樹だよ」


 俺が植えたんだけどね。

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