第30話 部屋は余っている

「まぁ、ほら……探索者としての経験の違いって言うかさ……もっと成長すれば絶対に追いつけるから」

「うぅ……」


 俺を取り合って喧嘩をしていたはずのアルメリアとマリーだが、マリーの圧勝で決着がついた。それになにか問題がある訳ではないんだが、探索者としてそれなりに自信をつけていたアルメリアにとってはショックなことだったらしく、珍しく滅茶苦茶落ち込んでいたので、俺が慰めることになった。なんで俺がこんなことをしなければならないのか、と思わなくもないけれど……流石に涙を流して俯き続けているアルメリアを放置しておくことはできないし、マリーも流石に気まずかったのか何かを言うこともなく家の中に引っ込んでいった。


 それにしても……マリーが戦う所は久しぶりに見たけど衰えていないどころか、俺と組んでいた時とは比べ物にならないぐらいに強くなっている。まだ甘い所があるとは言え、ほぼ無限に鋼の刃を生み出して戦うことができるアルメリアを完封するとは思わなかった。

 霜風フロストを使った攻防一体の戦い方……特に、マリーは防御があり得ないぐらい硬い。どれくらいかって言うと、開拓者を辞めて迷宮探索者になった瞬間に「絶対防御」と呼ばれるようになるぐらいにヤバい。


「ヘンリーさんは……あの女の攻略方法とか知らないんですか!?」

「えー? 考えたこともないなぁ」


 マリーの霜風フロストは魔力を大量に消耗して自らの周囲に冷気をばら撒き、全てのものを凍てつかせる魔法。これだけ聞くと、魔力が尽きるまで粘ればいいと思われがちだけど、マリーはその魔力を大量に消費するというデメリットを何とかする為に、霜風フロストを一瞬しか発動しないという工夫をしている。

 継続的に周囲を凍らせることに魔力を消費するのならば、一瞬だけ放って目当ての物だけを凍り付かせればいいと考えた訳だな。しかも、マリーは自らの魔力で生成した水を前方に放ち、それを瞬時に凍らせることで鋼の刃すらも砕く強力な氷の壁を展開することもできる。アルメリアが攻めあぐねていたのはこれが理由だろう。

 総評して弱点って考えると……霜風フロストは一瞬しか使えないし、壁を生成するには多少のラグがあるって所だろうか。しかし、そのラグだってマリーは戦いの経験から的確に読み切って発動してくるから殆どないしな。


「悔しいぃーっ!」

「あはは……面白い人ですね」


 歯軋りしながら地面に転がってジタバタ暴れているアルメリアを見て、ユウナは苦笑いを浮かべていた。まぁ……アルメリアって外見はかなり大人っぽいけど、中身は結構子供だからな。こうなってしまうのも仕方がない……なにせそこそこ嫌っている女から完封されてボコボコにされたんだから。



 なんとか起き上がらせたアルメリアと共に家の中に戻ると、マリーが優雅にお茶を飲んでいた。それを見てアルメリアがなにか言おうと口を開いてから……さっきボコボコにされたことを思い出したのか何も言わずに口を閉じた。


「それで、マリーは俺に会いに来ただけなのか?」

「悪かったかしら?」

「いや、別に悪いとは思ってないけど……一緒に迷宮探索している人たちとか、いるんじゃないのか?」

「残念ながら、私は基本的に1人で活動してるの。即興で組むことはあるけど、固定はいないわね」


 そうなんだ。迷宮探索で生存率を上げる手っ取り早い方法は、仲間と助け合うこと。基本的に固定パーティーを組んで探索するのが定石で、フリーの探索者なんて殆どいないなんて言われているけど……マリーは1人なんだな。


「普段から基本的には他人の助っ人みたいな役割しかしてないわ。それでも、予約待ちになるぐらいには人気なんだけど」

「そりゃあそうだろ」


 これだけの実力者なんだから、自分たちだけで囲い込みたいと思う人間は多いだろうし、それが無理でもしっかりと奥まで探索して結果を残したいと考える人間ならば助けを求める相手だと思う。それぐらい、マリーの力は抜きん出ている。


「誰かさんが一緒に探索者をやってくれたら固定で組んでもっと精力的に活動してもいいかもしれないけどね」

「ははは……その誰かさんの説得は諦めるんだな」


 俺は既に引退した人間だし、そもそも開門ゲートは迷宮探索とそこまで相性がよくないから俺を連れて行っても地上に比べて効果半減だぞ。

 まぁ……マリーが言っているのはそういう実力的な所じゃなくて、背中を預けることができる精神的に信頼できる人間と一緒ならって意味なんだろうけど。確かに、俺だってマリーが相手なら安心して背中を預けることができるから、いつも以上の実力を発揮することもできるだろうけど……それでもやっぱり、俺は迷宮に浪漫を感じないから別にいいかな。


「実は探索者協会の方からなんとか復帰するように説得してくれって頼まれていたのだけれど」

「マジ?」

「でも、私は貴方に無理強いするつもりはないから」

「いい女みたいな感じ出してますけど、普通に押しかけてきてるのは図々しいですよね?」

「それ、貴女が言うの?」


 口でも勝てないんだからアルメリアは少し黙っていた方がいいと思う。なんというか……今のマリーには以前になかった余裕を感じるからな。自惚れでなければ、俺と付き合っていた時ぐらいにリラックスしていると思う。


「うーん……」


 言葉を切ったマリーは、ちらりと部屋の中を見回す。庭でなにか工作しているリュカオン、ソファーに横になってぐーたらしているメイ、テキパキと家事をしているユウナ、そして外を眺めてぼーっとしているシルヴィ。全てに視線を向けてから、再び俺の方に視線を戻したマリーは苦笑いを浮かべた。


「流石に、貴方が今ここで何をしているのかを報告するのはやめておくわ。獣人族に人になったドラゴン、それに世界樹の精霊なんて……報告したら貴方が静かに隠居生活なんて送れなくなっちゃう」

「そんなに?」

「当たり前よ」


 まぁ、人類の記録にはいわゆる亜人種との関係が殆どないから……獣人族だけでも大騒ぎになると思うけど、よくよく考えたら擬人化したドラゴンとか、世界樹に存在している精霊に至っては神話の話だ。連日、人がやってきておちおち寝てもいられなくなるかもしれない。


「ん……やっぱり私もここに住もうかしら」

「はぁっ!? 絶対に反対です!」

「家主に聞いてるんだけど」

「まぁ……俺は別にいいけど」

「正気ですかっ!? 考え直してくださいヘンリーさん!」


 えー、いいじゃん……部屋は余ってるんだから同居人がちょっと増えたってさ。問題は女ばかりだからちょっと俺が生活し難くなるかもしれないってことだけだな。

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