第29話 あくまで格上

「お、お帰り……」

「はい、ただいま戻りました」

「おかえりなさい」

「貴女には挨拶されたくないんですけど。と言うか、ヘンリーさんに迷惑かけるやめてくれませんか?」

「あら? 貴女には今の少しの会話だけでヘンリーが迷惑しているのかどうかを見抜くだけの経験があるの? 貴女が弟子になってからの時間より、私と付き合ってた時間の方が長いのに?」


 どうしてこう、この2人は相性が悪いのか。

 基本的に言葉遣いが丁寧だが変な所で口が悪くて断固として譲らない部分に関しては梃子でも動かないアルメリアと、ちょっと軽い雰囲気を出しながらもそこそこ厳格な性格をしている癖に自分が気に入らないことがあると普通に煽ったりするマリー。互いに普段は大人しい性格をしているはずなんだけど……いや、アルメリアにとって俺の存在そのものが譲れない部分で、マリーにとってそれが気に入らないことなんだろうけどね。


「これが人間の縄張り争いか」

「違うから」


 いつの間にか家の中から外に出ていたらしいメイの言葉に、思わずツッコんでしまった。確かに、女性が男を取り合って喧嘩していたら縄張り争い扱いすることもあるけど、これに関しては別にどっちの縄張りでもないから。


「まぁまぁ、アルメリアも長旅の帰りで疲れてるだろ? 部屋はしっかりと綺麗に片づけてあるから……俺じゃないけど」

「あの獣人の女がやっていたな」

「獣人の女? ヘンリーさん、少しお時間いいですか?」


 くそ、余計なこと言いやがって……やっぱり解呪の方法探すのもっとちんたらやってやる。


「駄目。ヘンリーは私と喋っている最中なの」

「は? 盛っているの間違いでは?」

「大事なお話の最中なの。お子様な貴女にはわからないかもしれないけれど……これもしっかりとした恋人の会話なのよ」

「元恋人でしょう?」


 肉体で語り合うのはコミュニケーションって言っていいのだろうか? それに、コミュニケーションってのは双方でしっかりと同意して行うものであって、さっきのマリーは割と押し付けようとしてなかった? そして、今のマリーが言われたくないことを的確に言い当てるのはなんなんだ。元恋人って言葉がアルメリアの口から出た瞬間に、明らかに周囲の温度が下がったぞ。


「お得意の霜風フロストでも使いますか?」

「ふ、ふふ……やるなら表でやりましょう? 家を壊したくないもの」

「……人間も侮れないものだな」


 今のどこに感心する要素があったんだ。そういう「人間も侮れない」みたいなかっこいいセリフはもっと場面を考えて言ってくれ……こういう時に言われたってなにも嬉しくないから。



 結局、話し合いで決着なんてつくわけがなかったのでアルメリアとマリーは外で戦うことになったらしい。俺はあほくさすぎて付き合いきれなかったので、伸びてきた植物を剪定していた。


「随分と大きくなりましたね……こんな短期間で大きくなるなんて、やっぱり世界樹は凄いです」

「そうだなぁ……それだけの恩恵を全ての生物に与えることができるって考えると、神様によって植えられた植物ってのも嘘じゃないのかもな」

「嘘だと思ってたんですか?」

「うん」


 本当に神様がいたのか、そんなものは俺にはわからないからな。

 開拓者としてそれなりに多くの場所を歩いてきたが、古代に神が存在していた明確な証拠なんてものは見たことがない。神が作り出した黄金郷も含めて、な。

 何度か地方で神々が争った時に生まれた大地の傷みたいに言われている土地は見たことあるが、どう見ても地殻変動の跡だったりただの地割れ跡だったりするから、やっぱり俺は神がいたことに関しては今も否定派。本当にいたのなら、なにかしらの痕跡が残っているはずだからな。だから……もし、俺が黄金郷を見つけられていたのだとしたら、神の存在がいたことを肯定していたかもしれない。


「獣人族にとって世界樹って言うのは、あんまり恩恵が大きくないんです」

「岩山に住んでるから?」

「はい。それに、世界樹なんて基本的に森の守護者たちが近くにいて立ち入るなーみたいな場所って教わって育ちますから」


 リリエルさんも最初はそんな感じだったな……いや、あれは過去に人間が世界樹を焼いたからか。


「でも、言われているほど森の守護者たちも排他的ではありませんし、世界樹は想像よりも何倍も凄いし……やっぱり実際に見てみないとわからないことだらけですね」

「そうだな……だから俺は、開拓者になったのかもしれない」


 自分で見た物しか信じない。究極的に、俺が神の存在を否定するのはそういう理由から来ているのだが……心はそれと反対に、神の存在を認めたかったのかな。だから俺は未知のものを探して開拓者になった。

 ユウナと共にゆったりと喋りながら野菜に水をやろうと立ち上がった瞬間に、足元に凄い冷気が流れてきた。その冷気にユウナが身体を震わせるのと同時に、冷気が一気に消えてガキン、という金属が破壊されるような音が何度も鳴った。


「な、なんですかっ!?」

「これはマリーの霜風フロストと……アルメリアの剣戟ブレイドか?」


 全てを凍らせるマリーの魔力と、近接戦闘において無類の強さを誇るアルメリアの魔法。恐らく、それがぶつかり合っているのだろうが……それにしてももう少し自重して欲しいものだ。

 畑から飛び出して世界樹の方へと視線を向けると、砕け散った氷の盾と鋼の刃がキラキラと雪のように空中に舞っていた。


「ちぃっ!? 流石には崩せませんか!」

「……私は逆にちょっと見直したわ。開拓者になってたった数年、ヘンリーに師事しただけでここまで強くなっているなんて思いもしなかった。舐めてたことを謝るわ」

「そうやって余裕の表情で謝ってる時点で、私のことをそれなりに馬鹿にしてるんですよ!」

「当たり前じゃない。確かに私は貴女の実力を見直したけど、格下であることには変わりないんだから」


 なんか……俺のこと忘れて純粋に力比べしてない? もしかして俺ってその程度の扱いだったってことなのか? ちょっと落ち込んじゃうな……ねぇ?


「……な、なんですか? 私にそんな目を向けられてもわかりませんよ?」

「そりゃあそうだ」


 ユウナは基本的にこの件になんにも関係ないんだから。

 それにしても、やっぱり俺が絡まなきゃあの2人はそこまで相性悪くないんじゃないかな。俺にはそう見えるけど……本人たちはどう思っているんだろうか。女性の友情ってどうなっているのか、男には想像できないからな。

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