第28話 元カノは妖艶
畑に水をやってから世界樹に魔力を与え、グレイに餌をやる。俺が毎日起きてからやっていることだが、最近はそこにメイとの軽い手合わせが追加されることになった。どうやら魔力での身体能力の強化を教えてくれないのなら、見て学ぼうとしているらしい。俺の動きを見て学ぼうとしているから、最近は道の整備の為にやっている木々の伐採もちょこちょこ手伝ってくれている。まぁ、速度で言うと俺とリュカオンには全く及ばないんだけども。
木々を伐採してマグニカまで道を通す計画だが、まだまだ先は長い。先に獣人族たちが住むことのできるスペースを作っているのだが、取り敢えずは場所の確保だけはできそうだった。
「獣人族って農業とかしないのか?」
「しない訳ではないが……基本的に住んでいる場所が水に乏しい場所だった李するからな」
岩山の方に住んでるんだっけ。植物もそんなに多く生えていないような場所で生活しているのならば、そういうことにもなるか。逆に少しでもしない訳ではないのが驚きだよ。
剣で大木を両断して、倒れる方向を調整して人がいない方に倒す。
「え?」
「あ、人っ!? やべっ!?」
周囲にはリュカオンとメイしかいないと思っていたから適当な方向に伐採した木が倒れていくのを放置していたら、マグニカの方から人が歩いてきていたらしく、驚いたような声が聞こえて俺は急いで倒れる樹を何とかしようとしたが、それよりも早くその樹が凍り付いた。
「なんだっ!?」
「これは……
一瞬で伐採したはずの大木が凍り付く様な冷気に、リュカオンとメイは距離を取って警戒していたが、俺はその魔法に見覚えしかなかった。冷たい風が吹いてから当たり一面のあらゆるものを凍らせる強力無比な凍結魔法『
「悪い、近づいてきてるのに全く気が付かなかったよ……マリー」
「驚いたんだから」
凍った大木の横からひょこっと顔を出したのは、元カノのマリー。世界樹の近くに住んでいるとは事前に伝えてあったので今日は俺に会いに来てくれた……ってことでいいんだよな?
「ヘンリー、この女性は?」
「え? あぁ……俺の知り合いで、元カノのマリー」
「獣人族? それに……そっちは角が生えているわ」
「色々と説明することが多いんだけど、取り敢えずもうちょっと待っててくれない? 今、伐採した木を移動させないといけないから」
「……本当に開拓してるのね」
まぁ、開拓者って言葉通りのことしている気がするな。
急遽訪れた客人の為に道の整備を切り上げて家に戻る。ユウナが淹れてくれたお茶を飲みながら、俺とマリーは向かい合って座っていた。
「ん……いい香り。この茶葉は?」
「この森の生えてる茶葉。俺は名前とか知らないけど、マリーは結構詳しくなかった?」
「そうね……この匂いは、天使の伊吹かしら?」
え、茶葉ってそんなオシャレな名前ついてるの?
「街で買ったら結構な高級品よ? セルジュ大森林に生えているなんて聞いたことがなかったけど……そもそも未開拓地だから知らないのも当たり前かしら?」
「そうかもね」
茶葉を育てるか……余裕が出てきたら試してみるのもいいかもな。
カップを置いたマリーは息を吐いてから、ゆっくりと俺に目を合わせた。
「私、探索者に復帰したわ」
「うん」
クレアから事前に聞いてはいたけど、本当に探索者に復帰したらしい。まぁ……これからの人生をマリーがどう生きるのかは自由だから俺から言うことはあんまりないかな。
「……私ね、開拓者を辞めて探索者になろうって言ったのは、貴方と結婚して穏やかに生活したいなーって思ったからなの」
「探索者の方が穏やかな生活ができるのか?」
「探索者は基本的に拠点を変えないのよ。開拓者はあちこちフラフラするからあんまり定住するには向いてないでしょう?」
確かに。
「貴方の気持ちも聞かずに、勝手に考えて……なんでわかってくれないのって怒って喧嘩になったわね」
「そんな理由があったのか。それならそうって言ってくれたら……無駄だな」
「でしょう?」
あの頃の俺は、完全に童心にかえって黄金郷を探し求めていたからそんなこと言われても絶対に頷かなかったと思う。
「あの頃に、泣き落とをしておけばよかったわ」
「うーん……確かに、俺はマリーに泣かれると弱かったと思うけど、マリーは泣かなかったからな」
マリーは強い女だったから。だから俺は、探索者として1人でやっていっても大丈夫だろうなって勝手に思っていたんだけど、実際は俺もマリーも全然ダメダメだったんだよな。
「……今は楽しそうにしてるのね」
「まぁね。前にも言ったけど、俺の今の夢はこの場所を花畑にすることなんだ」
「ふふ……世界樹の根元で花畑なんて、どんな大きさになるかわからないわよ?」
「知ってたのか? 俺、最近まで知らなかったんだけど」
「逆に知らずに世界樹の根元に住んでたの?」
えー……マジか。
「それで? 今まで何があったの?」
「色々あったんだけどな」
まず、森の守護者に会って、グレイを助けて、クレアが来て、アルメリアが来て、獣人族にも会って、ドラゴンに呪いをかけてしまって……とにかく短い期間に色々なことがあった。人生に疲れて隠居した人間にとっては滅茶苦茶激動な人生に感じるけど、迷宮探索者のマリーには小さな出来事かな?
「……引退した後の方が忙しそうね」
「確かに……言われてみればそうかも」
探索者のマリーから見ても忙しそうに見えるらしい。
「隠居と言えば、探索者協会の人が嘆いていたわよ? あんな若さで引退なんてありえない。なにか知らないところで大きな怪我を負ってその後遺症で動けなくなっているでは、なんて言ってたわ」
「まぁ、余所からみたらそんな風に見えるか」
「私も、正直楽しそうだから言わないだけで……引退するなんてありえないと思っているけど」
そんなに隠居するのって駄目なことなの? 実際に人生に疲れちゃったんだから仕方ないじゃん。
「ふー……私も貴方と一緒に住もうかしら」
「マジ?」
「だって私、今でも貴方と別れたこと後悔してるもの。言ったじゃない」
「そうだけどさ」
元カノと同棲ってすごい気まずいことじゃないか?
「ねぇ……元カノと一緒にいるのが気まずいなら、寄りを戻せばいいんじゃないかしら?」
「え」
急に身を乗り出してきたマリーの顔が、近づいてくる。全く予想していなかったマリーの動きに俺はぴしりと身体が固まって動けなくなっている。蛇に睨まれた蛙のように動けない俺の頬に、マリーの手が伸びる。
「ね?」
「あー……えっと……」
これは、ちょっとマズい。久しぶりにマリーから発せられる妖艶な雰囲気にのまれかけてしまっている。
「……昼間から盛らないでくれませんか?」
「あら、帰ってきちゃった」
近づいてきたマリーの唇が俺のと重なりかけた瞬間、不機嫌そうなアルメリアが立っていた。
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