第27話 憂鬱なドラゴン

「ふん!」


 世界樹の根元でメイが朝から拳を突き出していた。少なくとも今始めたって感じではなさそうなのに、身体から汗が出ていないのは竜としての特性なのか、それとも単純に少女の姿になってもあれしきのことで汗が出るほど疲れたりしないのか。

 メイは毎日、拳と突き出したり蹴りを放つ、みたいな修行をしている。なんであんなことをしているのだろうかと最初は不思議に思っていたのだが、日常生活の中で身体の動きに慣れが出てきたのを見て、身体を馴染ませるためなのだと理解した。まだ人間の身体にされてからそれほど日数は経っていないはずなのに、いつの間にか普通に走ったり飛んだりできるようになっている所を見るに、ドラゴンの適応能力の高さが窺える。


「ふぅー……そろそろ人間を相手に試すか。おい、そこで覗いてないで私に付き合え」

「……俺がやるの?」

「当たり前だろう? 私をこの身体にしたのは誰だ? ん?」

「すいません」


 それを言われると弱いな。人間の生活圏を脅かそうとしていたから、なんて言うのは俺たちの事情でしかなく、メイからすればいきなり呪いをかけられて惰弱な身体にさせられてしまったのだから。人間が足元を這う虫の都合なんて考えないように、ドラゴンだって人間の都合なんて考える必要はないからな。その結果、毒針で刺されただけのことだから俺には責任がない、なんて言えるほど俺は責任を感じない訳ではないので、虫と違ってしっかりと刺した責任は取ろう。


「ふふ……今こそ復讐の時!」


 そんな浅い復讐でいいのだろうかと思いながらも、こちらに向かって走ってくるメイを見つめながら手に持っていた草刈鎌を放り投げてこちらも素手になる。

 地面を蹴りながら空気を裂きながら放たれた拳を普通に受け止める。


「なぬっ!?」

「……いや、その身体の膂力だとそんなもんだと思うけど」

「ば、馬鹿な……人間如きに私の拳が!?」

「人の話を聞いてくれないかな」


 拳を掴まれたまま飛び上がったメイが放った蹴りを逆の手で受け止め、そのまま手を離してやると綺麗なバク転で距離を取る。無駄に綺麗なそのバク転を何処で身につけたのかちょっと気になる所だが……どうにもメイは勘違いをしているみたいだ。


「く、くそ……私の拳がこんな低威力とは……どれだけ強力な呪いなのだ!?」

「呪いの影響であることは否定しないけど、それは身体が人間になった弊害であって人間が元々それぐらいの身体能力しかないだけだから」

「そうなのか!? に、人間と言えども拳で岩ぐらい破壊できるものだと……私が戦った人間は、お前たちも含めてそんな奴らばかりだぞ?」

「魔力で身体能力を強化してるからな」

「身体能力を……強化?」

「嘘だろ」


 え、ドラゴンって身体能力を強化してない素の強さであれだけの威力と硬さを両立させてるのか? どんな理不尽生物だよ……やっぱりドラゴンなんて人間が挑むものじゃないな。しかし……今からメイに身体能力を強化する術を教えてもいいものなんだろうか。だって、人間からドラゴンに戻った時にも身体能力が使えたら、それこそ誰も勝てない最強の生物が生まれるのでは? そうなったら、誰も退治することができない災厄を生み出してしまうことになるし……メイが人間を襲わない温厚なドラゴンだったら良かったんだけどな。


「教えろ」

「んー……今は駄目」

「なんだとー!?」


 近寄ってきて俺の身体をぽかぽかと殴ってくるが、魔力で身体を強化して防御もせずに受け止める。身体が人間になった直後は魔力で強化しなくても全く痛くなかったのに、強化しなければノックアウトされているだろうと思えるほどの拳に成長している……やはりドラゴンに余計なことは教えない方がいいか。


「私が強くなることを恐れているのだろう? 人間は何処までも愚かだな!」

「うん」

「……否定しろ! そこはなんか……誇りみたいなものはないのか!?」

「えぇ……でも、実際に今から身体能力を強化する術を教えて、ドラゴンの身体に戻ってから人間を襲われたら責任取れないし」

「ぐぬ……」


 そもそもドラゴンに人間を襲わないでくださいなんて言うのは、虫を踏まずに歩かないでくださいとそんなに変わらないと思うんだよね。蟻を潰さないように摘むには加減が難しいのと同じで、多分メイにとって人間に迷惑を掛けずに生きるのは難しいことだと思う。実際、人に迷惑をかけずに生きているドラゴンなんてそもそも人間が住めない場所にいたりするからな……溶岩の中とか。


「解呪して身体が戻るために色々と手は考えるけど、それはそれとして人間と敵対するなら俺は容赦しないから」

「わかっている。そこは所詮、生存競争の部分だから私が殺されても別に文句は言わない」


 まぁね。こっちも、今までメイがドラゴンとしてどれだけの人間を殺してきたのかなんて過去を掘り返すつもりもないし、これから何があっても人間を殺すな、なんて言うつもりはない。俺だって、剣を持って襲われたら……人を殺すかもしれないし。


「朝から元気だな」

「シルヴィ? 寝起きか?」

「アホ……私は太陽が出たら起きて、沈んだから基本寝る」

「つまり、もうちょい前から起きてたってことね」


 世界樹と言えども植物だから、光合成をしている時間は起きていてそれが無い時間は寝ているってことなんだな。とは言え、精霊であるシルヴィは人間と同じように夜更かしをすることができるんだから、あんまり植物っぽくはないか……いや、そもそも普通の植物に睡眠なんて概念があるのか?


「……世界樹の精霊よ。私の呪いはお前の力で治すことができなのか?」

「ふむ……絶対にできないとは言わないが、人間が作った呪いは効果を限定的にすることで本来よりもその効果を強力にすることができるようだからな……簡単に解呪できるものではない。それに、世界樹である私の得意なことは傷を治すことであって、呪いのような特殊なものを治すのは苦手だ……病気ならなんとかなるがな」

「そうか……」


 シルヴィの言葉を聞いて肩を落とすメイを見て、普通に罪悪感が……いや、感じない訳はないんだけど、俺の想像以上に落ち込んでいるから。

 呪いの解呪方法か……これ系の呪いってのは、基本的に相反する性質を与えることで消すことができるみたいな話を聞いたことがあるから、もしかしたら人間を怪物に変えてしまうような呪いをぶつけてやれば、解呪できるのかもしれないな。そんな危険な呪い、聞いたこともないけど。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る