第26話 やりすぎ

 開門ゲートは使わない。俺のことをしっかりと警戒しているリュカオンに向かって開門ゲートはそれほど大きな効果を見込めないであろうからだ。これがモンスター相手だったりするなら、不意打ちとして普通に使えるんだけども……こちらのことをしっかりと魔力まで認識しているリュカオンを相手にしても意味は薄いだろう。

 なら今から何をしてリュカオンを倒すのか……答えは単純で、強化した身体能力と創造クリエイトした道具で一気に追い詰める。


「っ!?」

「逃がさんっ!」


 大剣を放り投げてから両手に片手剣を創造クリエイトする。人間を遥かに超える膂力を持っているリュカオンならまだしも、俺のような人間が大剣を手にしながら高速戦闘ってのは慣れたもんじゃない。俺の変化を目の当たりにして逃げの姿勢に入っているリュカオンを追い詰めるにも、鈍重な武器では無理があるしな。

 俺が戦闘態勢に入ってから1秒が経過した頃には、既に俺の剣とリュカオンの爪が衝突していた。逃げの姿勢に入ったリュカオンは、当然のように持っていた大刀を捨てて爪だけで戦っていた。それはまるで野生の動物のような動きだが、獣人族としての本能なのか俺の予想以上に様になっている。


「くっ!?」

「終わりだな」


 しかし、あくまでも爪に魔力を纏わせて戦うのは最終手段らしく、2度打ち合っただけで魔力の爪は粉々に砕け散った。爪を砕いた刃はそのままリュカオンの首と腹に向かっていき……寸での所で止める。


「あ」

「……」


 互いに少し気持ちが入り過ぎていたのか、いつの間にか相手を効率的に殺すことを考えるような動きをしてしまっていた。直前で気が付いた俺とリュカオンは、同時に微妙そうな顔をしてそのまま離れた。

 手の中にあった剣を消し、俺はリュカオンの身体を観察して傷が無いことを確認する。


「悪かった」

「いや、こっちも夢中になってしまっていたからな……想像以上に白熱してしまった」


 そうだな……途中から周りが見ていなかったせいで、周囲の樹木が滅茶苦茶になっていることに気が付かなかったわ。いや、ちょうど伐採していたところではあるんだけども、それはそれとしてこんな不格好な伐採の仕方は駄目だろう。

 互いに反省するところがあり、互いに色々と語りたいことはあったが……一先ずはこれを片付けてからじゃないと話にならなさそうだ。


「あー……ユウナを呼んでこよう」

「ありがとう」


 やれやれ……これで俺は、獣人族の人間たちに受け入れられるだけの実力を示せたってことでいいんだよな? まぁ、途中から戦うことが目的になっていたから互いに忘れてしまっていたけど、元々のリュカオンの目的はそれな訳だからな。



 獣人族だからと言って、全員が同じような価値観を持っている訳でもない。少し考えれば理解できる当たり前のことではあったのだが、まさかこんな身近なことで思い知るとは。


「もー! なんでお兄ちゃんはすぐにそういうことするの! ヘンリーさんはお兄ちゃんの命の恩人で、私たち獣人族が生きていくのに必要不可欠な土地を用意してくれている人なんだよ!? いくらお兄ちゃんの立場があるからって、こんな派手に暴れるなんて許さないんだから!」

「す、すまん……しかし、群れの者として確かめない訳にもいかないのが現実でな?」

「そんなのわかってるよ! それでも、ここまで派手にやる必要はないでしょ!?」

「そ、それはそうかもしれない……返す言葉がない」


 妹に説教されているリュカオンに対して、俺は助け舟を出せずにいる。なにせ、共に楽しんでしまっていたので俺も同類になってしまうから……あの戦いに声をかけた瞬間に即座にノックアウトされるイメージしかない。それぐらい、俺とリュカオンの戦いは派手だったし怒られて当然だと思う。

 リュカオンがユウナを呼んできたのは、バラバラに砕けた木々を根元から引っこ抜くためである。俺とリュカオンがやったら周囲の土地をボロボロにしながらやってしまう気がするので、ユウナを呼んできたのだ。勿論、リュカオンもこんな風に説教されることは想定済みだったと思うが、想定以上にキツイ言葉を投げかけられているのだろう。


「お前たち、頭が悪いんじゃないのか? 人間はもっと小賢しいと思っていたんだがな?」

「メイ……人間にだって戦いを楽しむ気持ちはあるし、熱中すると周囲が見えなくなるもんなんだよ」

「何故幼子に言い聞かせるような感じなのかは知らんが……どのような種族でも色々な性格の奴がいるってことか。つまり、人類が愚かだったのではなくてお前らが特別愚かだったんだな」


 反論したかったがあんまり言葉は思い浮かばなかった。先ほどまでの俺たちは間違いなく、子供よりも知能が低かった気がするから。目の前で剣を持っている敵しか見えておらず、森の状況なんて気が付きもしなかったからな。


「どうするんですか!? 元々の設計図ではここに道を作るはずだったのに、これじゃあ大きな広場になっちゃいますよ!」

「……広場か」


 道を作るつもりだったのは確かだし、将来図だって真面目に考えて作ったものだからそれを逸脱するような破壊行為にユウナを怒るのは理解できるが……ここに中継地点を作るって手があるかもしれない。森の守護者や獣人族は、人間が自分たちの住処に入ってくることにあまりいい顔をしないだろう。しかし、ここに広場を作って商業の中心にしてしまえば……彼らに不快感を与えずに人間と他人類種の関係を良好できるかもしれない。

 自分の家の近くに街を作る気なんてないけども、異文化交流のための機会を作るのは大切なことだ。ちょっと将来設計図を色々と手直ししてみるかな……まずは森の守護者や獣人族がどんなものを人類に売れるかってのをしっかりと調査しないといけないんだけども……そこら辺はゆっくりと進めればいいだろう。俺が目指しているのはあくまでも充実した隠居生活であって、街を取り仕切る人間になるのが夢ではないからな。


 よし……色々と考える必要はあるけど、まず最初にやらなければならないのはユウナの機嫌を取って説得することだな。


「ま、好きにするといい……私の呪いを解呪する方法を考える必要はあるけどな!」

「それは獣人族や森の守護者でも無理だって話なんだからもう少し待っていてくれ。最終的にはアルメリアにでも頼んで、呪いの矢を取ってきた文明に行かせるから」


 頼むからメイはしばらく黙っていてくれ。

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