第25話 本気の戦い

「うっ!?」

「ん?」


 入った、と思った攻撃を紙一重で回避された。リュカオンの実力を見誤っていた訳ではないと思うが……どうも俺の想像以上の動きを見せている。さっきまでがまだ全力じゃなかったのか、それとも単純に俺が想像しているよりも強かったのか。流石に底まで見せてくれている訳ではないと思うが、リュカオンがどこまでできるのかちょっと気になるってのはある。

 当然だが獣人族と戦うのは初めてだ。人型の理性がない獣と戦ったことは何度もあるが、獣の力を持ったまま理性を獲得している獣人族と戦うのは勝手が違う。

 リュカオンが地面を砕きながら加速して、俺の背後にあった樹木を粉砕しながら立体軌道を見せる。こういう動きが獣とは違うものだと思うが……それはそれとして普通に目で追えたので見てから攻撃を避ける。


「つ、強いっ!?」


 骨の大刀による攻撃を避けることなく、刀で受け止める。リュカオンが何回も振るっている間に強度はしっかりと理解できたので、創造クリエイトでそれ以上の硬度の大剣を生み出して、リュカオン以上の膂力で使えば理論上は受け止めることが可能だ。

 獣人族の持つ圧倒的な膂力……人間が単純に真正面から戦って勝てるようなものではないが、その種族の差を埋めるのが魔力だ。ただの力での勝負なら人間が獣人に勝てる要素なんて皆無だが、魔力を扱った勝負ではそうはいかない。勿論、元々の膂力が全く影響を及ぼさないなんてことはないが、それでも魔力によって強化された身体能力の影響が大きすぎるので、余程両者の実力が拮抗している状態でもなければ基本的には魔力が強い方が勝つ。つまり、俺とリュカオンにはそれだけの差があった。


「……本当に人間なのか疑いたくなる強さだ。お前は、俺がいた群れの誰よりも強い」

「そうなのか? ありがとう……これでも普通の人間と違って修羅場は色々と超えてきたつもりなんだ」

「だろうな。これほどの力を得るまでに、お前がどれだけの戦いを繰り返してきたのか……考えるだけでぞっとするような人生だっただろう。それも、開拓という浪漫を追い求めてのことなのか?」

「まぁ、そうだな」


 実際、俺がこの世界に転生してきてから、戦うために努力してきたのは全てが開拓のためだった。開拓者として様々な未開の地を探索していると、どうしても強力なモンスターと戦うことが度々訪れる。俺の心には2つの感情があり、それに従って生きてきた結果……今の強さを得ることになった。

 1つ目の感情は好奇心。未知の場所を探求し、あらゆる未発見を世界からなくすために動き、あるいは伝承にしか刻まれていない未知の場所を追い求めて歩くための好奇心。好奇心に導かれるままに俺は力をつけ、知識をつけていった。

 そして、俺を強くしたもう1つの感情は……死にたくないという恐怖だ。モンスターと戦って無惨に殺されるなんて、探索者としてはよくある話だ。迷宮を探索する人間は勿論、地上に生きているモンスターを狩るために戦っている連中だって常に命を懸けて金を稼いでいる。そして当然……開拓者である俺も。むしろ、開拓者は未開の地に存在している自然の脅威や、過去に滅びた文明に仕掛けられたあらゆる罠なんかをかいくぐり、その上でモンスターと戦わなければならないので、最も命の危機に晒される職業だと思う。実際、開拓しに行った先で俺の先人と思われる人の骸骨は何度も見てきた。


「まだ続けるか?」

「無論だ。ここまで来て、決着もつかずにお前の方が強いからと諦められるほど、獣人族は諦めがよくない」

「そうか」

「それに、獣人族は子供のころから1人で狩りに出るように教育される種族だ。生まれて初めての戦いが格上の存在であることなど慣れたことだ……それでこそ、俺たち獣人族の狩猟本能が目覚めるというもの」


 俺のことをナチュラルに狩猟対象として認識してないか? 言っていることは理解できるが、だからって俺をしっかりと格上として認識しているのがちょっと驚いてしまった。さっきまでの攻防で俺のことを格上として認識したのかもしれないが、それに対するプライドとかはないんだろうか。狩りをするには確かに邪魔な感情かもしれないが、それはそれとして群れの若い実力者としてそれなりのプライドはあると思ったんだが。


「ふぅ……よし、いくぞ」

「おう」


 律儀に一言を残してから、リュカオンは再び加速した。真正面からは駄目、背後の樹木を蹴って立体的な動きをしてもしっかりと見られて避けられる。なら次はどうしてくるのか……俺だったら次はどうするだろうか。


「ガァッ!」


 咆哮と共に砂塵を巻き上げ、さらにさっき粉砕した樹木を巻き上げて俺の視界を塞いできた。俺が目を使って敵を観察している点を理解しての行動だと思うが……そうするのならば俺は魔力で居場所を感知するだけだ。

 高速移動するリュカオンの魔力を感知しようとして、周囲に魔力が濃厚に漂っていることに気が付く。戦う前に言っていた……世界樹がから降り注ぐ魔力が俺の感知を邪魔している。世界樹の根元で暮らしている俺が普段は感じないような魔力のはずなのに、何故こんな時にそんなものを感じるのかと考えた瞬間に頬に傷がつく。


「浅いかっ!」

「……危なかった」


 間一髪、空気を裂くような音を察知して勘だけで首を動かしていなかったら、顔面にそのまま爪が突き刺さっていたと思う。同時に、離れていくリュカオンの魔力を感じ取って世界樹の魔力と混同した理由を理解する。

 リュカオンは、視界を塞がれた俺が次に魔力の感知に頼ることを先読みしていたのだ。だから、少しずつ魔力の波長を世界樹の魔力に寄せていたのだ。魔力の波長なんて意図して変えられるのものではないと思っていたんだが……獣人族たちが狩りをして生きていく中で身に着けた技能なのかもしれない。


「ふぅ……仕方ない」


 魔力の偽装によるかく乱とは恐れ入ったが……それだけこちらがやられる訳にはいかない。世界樹の根元に住んでいる人間としても、あんまり舐められる訳にはいかないんでな。

 俺は全身から魔力を解放する。同時に発生した圧だけで、リュカオンが巻き上げた樹木の欠片が吹き飛んでいく。


「なっ!?」

「さて、ここからが本番だな」


 やるか。

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