第23話 ストーカー

「お久しぶりです」

「……あぁ、久しぶりクレア」

「今の間は私の名前を思い出していた間ですよね? 私のこと忘れてたんですか?」


 すまん、しばらく会ってない間に色々とあったから頭からすっぽりと抜け落ちてたわ。

 俺の前でちょっと不機嫌そうな顔をしているのはクレア・ラクリオン。ヨハンナを動かす評議会メンバーの1人娘であり、過去に俺のお陰で命を救われたらしい……金持ちのストーカー?


「今日はどうしたんだ?」

「前に会った時に言っておいたことも忘れてそうなのでもう一度言いますね。ここに通ってもいいですかと私は言いました」

「おぉ……デカイ樹以外はなにもないぞ」

「前にも聞きました。しかし……私にはデカイ樹以外にも色々なものが見えますが?」


 クレアの視線を追いかけてそちらの一緒に視線を向けると、そこにはグレイに吠えられているメイ、更にその近くには何故か居座っているリリエルさん、そしてそのリリエルさんと談笑しているリュカオンとユウナ。確かに、何もないってことはないが……基本的に人がいるだけだぞ。


「森の守護者に獣人族、そして飼い犬のシルバーウルフ……あの角の生えた子供は?」

「色々あってここで過ごすことになった少女。まぁ……気にしないでやってくれ」


 別にファンタジーでよくある世界征服を目論む魔族とかではないから。ただ、俺が安易に呪いを使ってしまったせいで人間の姿になってしまっただけの被害者だからさ。


「ふむ……いつの間にか人がどんどんと増えていますが、これからどうするんですか?」

「これ見てわからないか?」


 俺が手にしているのは普通の鉄剣。クレアは俺の手に握られている鉄剣を見て首を傾げた。


「魔獣狩りでもするんですか?」

「いや、マグニカからここまでの直線上にある邪魔な樹木を伐採する」

「……剣で!? 斧とかじゃないんですか!?」

「魔力がちゃんと使えれば剣で斬った方が早い」


 斧でやるってことも考えたんだけど、剣でバッサリとやった方が絶対に早いことに気が付いてしまったら、流石にもう斧に戻ることはできないな。ファンタジーあるあるじゃないか? 斧じゃなくて剣で木を伐採するなんて。


「伐採した木はどうするんですか? 家が何軒も建つほどの量になると思いますけど」

「それは安心してくれ。獣人族がこの近くに集団で住みたいって話があったから、伐採した木を乾燥させてから彼らの家に使うつもりだよ。勿論、俺が作る訳じゃないけど」

「……建築士、紹介しましょうか?」

「うーん……お願いしたい感じもするけど、獣人族だからな」

「そうですよね」


 人間と他の人類種族の仲はあまり良くない……と言うか、人間にとって他人類種は存在していないも同じなのだ。実際、昔に比べると獣人族も数を減らしているらしく、人間が全く見かけなくなったのもそういう所が関係しているのだろう。リュカオンはそれを自然の競争で負けただけと言っていたが、人間ってのは環境適応力が他の種族より強いらしい。


「……いい機会ですね」

「なにが?」

「世界樹までセルジュ大森林が開拓され、そこには住んでいる人がそれなりにいる……ここで商売をしたいと思ったんです。私は別に他種族でも関係ありませんから」

「商売ぃ? お嬢様が?」

「あら、ご存じではないですか? 私、これでもラクリオン商会の会長なんですよ?」

「知らん」


 俺、基本的にマグニカで活動していることがないからそういうこと言われてもよくわからない。けど、ラクリオン商会って名前からしてクレアが経営している商会があるってことはわかった。


「言っておくけど、獣人族も森の守護者たちも金なんて持ってないからな」

「勿論わかっています。物々交換などになるでしょうが、それでも薬や食糧なんかを安定的に供給できるようになるのはいいことでしょう?」


 確かに、森でサバイバルして生きていくのだって割と大変だからな。狩りの成果だって波がある訳だし、必然的に満腹な日もあれば空腹で終わってしまう日もある訳だ。人間は金で食べ物を買うということで毎日の飢えを満たしている訳だが……その文明的な部分を他種族にも取り入れようって考えな訳だ。


「勿論、基本的な商売相手はヘンリーさんになるでしょうが」

「そうだろうな。まぁ……俺だって色々と買いたいものはあるけど、開門ゲートでなんとかなるんだよな」

「げ、ゲートですか……時空転移系の魔法ですね」

「うーん……広義の意味では時空転移系か」


 時空転移系の中でもかなり難易度が易しい魔法だと思うけどな。

 魔法の話はどうでもいいとして……ラクリオン商会とやらがしっかりとここまで来てくれるって言うのなら、さっさと森を伐採して開拓していった方がいいのかな。


「よっしゃ、獣人族たちが引っ越して来たら手伝ってもらいながら進めるから、開通したらまた来てくれ」

「わかりました」

「で、今回は何のために来たんだ?」

「え? ヘンリーさんの顔を見に来ただけですけど?」

「…………わざわざこんな森の奥まで?」

「はい。少し先の方で護衛の方々を待たせてますよ?」


 おぉ……やっぱりこいつ、立派なストーカーになれるよ。


「それから、マリーさんのことですが」

「マリーがどうかしたのか!?」


 クレアの口からマリーの名前が出た瞬間に俺は彼女の肩を両手で掴んでいた。びっくりした顔のクレアが目の前にあったので、俺もちょっと冷静さを取り戻して肩から手を離す。


「……驚きました。貴方はマリーさんのことを大切に思っているんですね」

「長い付き合いだし、昔は一緒に開拓者として頑張った仲だしな……それに、元カノだからちょっと心配だろ。少し前にあった時は、死にそうな顔してたし」

「あぁ……それで」


 なにがそれで、なのか知らないけど俺は本気でマリーのことを心配している。あの時は色々と言ってしまったが、本当に俺の言葉の選択はあっていたのだろうかと何度も悩んでいたのだ。なにせ、彼女にはここに住んでいることを伝えたのに一度も来ないから。


「彼女、探索者として復帰したみたいですよ。最近はまた精力的に迷宮探索に向かっていると聞きました。どうやって復活したのかと思いましたが……ヘンリーさんがなんとかしたんですね」

「……そっか、探索者にね」


 なら良かった。もう別れてしまった身ではあるけれど、俺は彼女のことを探索者として本気で尊敬している。だから……立ち直ってくれたなら本当によかった。

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