第20話 呪いの矢

「ドラゴンを殺すには相応の道具が必要なんてどっかで聞いたことがあるけど、確かにこの強さだと納得だな」

「強さと言うか……生物的な強度が私たち人類種とは格が違うと言う感じだな。私たちなら消し飛ぶような攻撃でも、虫に刺されたぐらいにしか感じないんじゃないか?」


 だとしたら人間ががドラゴンを殺すには国を消し飛ばすぐらいの威力の爆弾でも持ってこないと駄目なんじゃないか? ま、実際はなにかしらの方法があるんだろうが……そうでもなければ古の英雄たちがドラゴンを倒したなんて物語が生まれてないだろ。

 俺だって開拓者をしている時に何体かドラゴンと出会い、2体は殺したことはあるが……ここまで頑強なのは初めてだ。俺が倒したドラゴンはどちらもサイズ的に亜竜かどうか微妙なラインで、鱗の無い蛇のようなドラゴンだったからな。しっかりと鱗があって硬いドラゴンってのは人生で初めて見る。


「けどまぁ、ドラゴンだって生物だろ?」

「……なにを当たり前のことを言っているんだ?」

「いや、生物なら殺せるってことさ」


 俺は不死身の生物が存在しているなんて信じてないからな。不老の生物は存在しているかもしれないけど、不死の生物は存在していないというのは俺の持論。神様みたいな超常的な存在はそもそも生物じゃないから違うと思うけど、俺とリリエルさんの目の前にいるのはあくまでもドラゴン……殺せない生物じゃない。


「生物なら殺せるって……言い分としては理解できなくもないが、実際に傷をつけることができない生物が目の前にいるじゃないか」

「だからそれをなんとかすれば、殺せるって言ってるんですよ」

「なんとかって……どうやって?」

「……さぁ?」


 そんな簡単に方法が思いついたらドラゴンを殺しただけで英雄なんて呼ばれないと思うの。

 俺とリリエルさんの間に微妙な雰囲気が流れるのと同時に、ドラゴンが大きな口を開けて炎ブレスを吐いてきた。今度は広がる炎でもビームでもなく、人間を狙うための火球ブレス。地面に着弾すると同時に弾け飛び、周囲の全てを破壊する魔力の塊だ。


「魔力切れを狙うって言うのはどうだ!?」

「多分、その頃にはここら辺の全てが灰になってると思いますよ」

「なら……眼球を狙う!」

「眼球潰したぐらいで死んでくれるほど、ドラゴンは生易しい生き物じゃないです」

「否定ばかりしないでなんか考えてくれ!」


 それはそう。でも、さっきも言ったけど殺せるって言ってるだけで別に殺すための方法が即座に思いつくレベルではないからね。実際、ドラゴンを殺したって書いてある英雄の叙事詩とか、殆どが眉唾物の聖剣とかで鱗を切り裂いたとか書いてあるし。

 言葉は通じず、リリエルさんが放った矢も通じない。剣で斬っても効果は薄いだろうし……どうしたものか。


「魔力でなんとか突破できる方法を考えるしかないんじゃないか!?」

「そうでしょうね……手持ちの武器で突破できるとは最初から考えてません」


 そもそも、開拓者ってのは未開拓地を探索するために荷物をギリギリまで減らして行動するのが基本だ。だから俺が常に持っている武器ってのは緊急用のものが多く、派手な効果がついているような魔法武器とかではなかったりする。そうすると、必然的に魔法で戦うことが多くなるのだが……ドラゴンは高濃度の魔力を身体に蓄えているモンスターなので、半端な魔法では打ち消されてしまうだろう。

 魔法もダメ、武器もダメ、説得は聞き入れられない……残された手段は呪いをかけることぐらいかな。


「呪って見ますか」

「呪う……そうか、そんな手段が──呪う!?」


 開拓者としてそれなりに多くの場所に行ってきたが、その中には謎の古代遺跡みたいなものも幾つかあった。その中には、魔法とも違う不思議な力で相手を呪うための武器や道具があったりもした。その力を使えば、魔法が効かないドラゴンだって殺すことができるかもしれない。


「ちょ、ちょっと待って! 呪うってなに!? そもそも簡単に相手を呪えるものなのっ!?」

「うん……効果はどんなものなのか全く知らないけど」

「全く知らないものをよく試そうと思ったな!? 驚きだよ!」

「さっきからごちゃごちゃとうるさいぞ! 私は機嫌が悪いのだ……戦う気もないのならば消え失せろ!」


 おっと、ドラゴンの機嫌が悪くなってきたな。そりゃあ、足元でちょろちょろと人間が走り回って攻撃してくるのは邪魔だと思うだろう。しかし、その人間にまさか自分がやられるなんて考えたこともなかっただろう……俺が今日、ここでこのドラゴンを討伐……できると思う!

 懐から取り出すのは魔道具の鞄。これはある程度の大きさまでの魔力が込められたものを収納することができる鞄で、主に危険な魔道具の運搬なんかに使われる物。その鞄を空けて手を突っ込み、中から取り出すのは……おどろおどろしい見た目をした装飾が付いた矢。


「リリエルさん、これをドラゴンの身体に向かって撃ってください」

「これがさっき言ってた相手を呪う物ってことか? し、しかし……流石に相手を呪うって言うのはちょっと悪すぎるんじゃ……」

「今はそんなこと言ってられる状況じゃないでしょう」


 とにかく、どんな方法でもこのドラゴンを止めなけらばならないんだから。

 魔道具の矢に俺の魔力を込めてからリリエルさんに手渡す。汚いものを触れるように、嫌々それを手に持ったリリエルさんは、一度唾を飲んでから弓に番える。


「ふん! そんな小さな武器で私を殺そうなど、片腹痛いわ!」

「今っ!」


 ドラゴンが口を開けた瞬間に合図を出し、リリエルさんは覚悟を決めた様子でドラゴンの口の中に向かって呪いの矢を放つ。


「がっ!? な、なんだ……この痛みはっ!?」

「こ、これが呪いの矢……さっきまで全く効かなかったのに!?」

「まぁ、遺物アーティファクトってのはすごいものってことですよ」

「それで済ませていいのか? なぁ、本当にいいのか?


 大丈夫でしょ。心配性だなぁ……流石に周囲に被害が出るようなものではないことは確認してから渡したつもりだよ?

 しばらく苦しんでいたドラゴンは、炎を吐きながらのたうち回り……数秒後には身体が黒い炎によって燃え尽きた。


「……思ったよりえぐかった」

「なにが凶悪な呪いではありませんよ、だ!?」


 ごめんなさい。

 把握していなかったこっちの落ち度だと普通に謝ろうとしたら、黒い炎を切り裂いて何かが飛び出してくるのが見えた。瞬時にそれをドラゴンであると判断した俺は、リリエルさんを横に突き飛ばしてからを受け止める。


「ぐぅっ!? 身体中が痛いわ……どうしてくれ──なんかお前、大きくなってないか?」

「いや、そっちが縮んだんじゃないかな」


 言動からして目の前の赤髪少女がドラゴンであることは理解できるのだが……どう見ても人になってますよね。いや、身体の所々に鱗が生えているし頭からは角が、口からは牙が見えているので完全な人ではないみたいだけど。

 縮んだと言われてこちらを馬鹿にしながら笑ったドラゴンは、自らの身体をちらりと見てから俺の方に視線を向け、再び自分の身体を見た。


「な……なんだぁぁぁぁぁぁぁっ!?」


 あー……まさかモンスターを人にするような呪いだったなんて……確かに凶悪過ぎて困るな。

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