第19話 生きる災害

 大森林を駆ける。

 ドラゴンの雄叫びが聞こえてきたのはマグニカとは逆方向の森の向こう側……山脈の麓付近にいるらしい。ドラゴンがそんな場所に縄張りを持っているなんて情報はなかったので、やはりいるとしても縄張りを持っていない若い個体の可能性が高い。それにしても、ドラゴンが獣人族に襲い掛かるなんてのは極めて稀なケースだと言えるだろう。そもそもドラゴンなんて、地面をちょろちょろ歩いている人間に興味なんてないだろうし。

 もし、ドラゴンが世界樹に惹かれてやってきたのならばしっかりと討伐しておかないと駄目だし、世界樹が関係なくても俺の姿を見て襲い掛かってくるような凶暴な奴なら、やはり討伐しないと駄目だろう。


「ヘンリーっ!」

「うわっ!? リリエルさん?」


 森を走っていたら、急に横から名前を呼ばれたのでびっくりして立ち止まったら、弓を手にしたリリエルさんが木の上に立っていた。世界樹の根元でドラゴンの雄叫びが聞こえてたんだから、森の守護者たちにも聞こえていたのだろうとは思ったが、まさかリリエルさんが1人だとは思っていなかった。

 木の上から降りてきたリリエルさんはパタパタと俺に近づいてきた。


「ドラゴンの所に向かうつもりか?」

「ちょっと様子を見に行こうかなと。暴れまわって周囲に被害を与える奴なら……しっかりと討伐しておかないと大森林ぐらいは消し飛んでしまいますから」


 まぁ、放置していてもマグニカから討伐隊が出るとは思うが、大森林に致命的な被害が出るまで時間がかかるかもしれないし、やはり最初に気が付いた俺たちが行くべきだろう。


「我々の方でもなんとかしようとする声は出ている。お前は世界樹の所に帰れ」

「嫌ですよ。森の守護者が世界樹の近くに住むことも許しましたし、仲のいい隣人として平和に暮らしていくことにも同意しましたけど、あくまでも他人なんですから俺は森の守護者に命令される立場ではないんですから」

「違う! お前のことを心配して言っているんだ! ドラゴンは強力だ……あの雄叫びの大きさからして、相手は亜竜ではないんだぞ?」


 亜竜……ドラゴンの中でも身体が小さめのものを亜竜と呼んだりする。確かに、リリエルさんの言う通り、あの雄叫びの大きさからして大森林の近くに現れたドラゴンは亜竜ではないだろう。真正のドラゴンだとしたら……討伐するのは難しいかもしれない。けど、世界樹を植えてしっかりと生きて行こうと決めた場所を遠慮なしに破壊されるのを黙って見ていられるほど賢いつもりはない。


「じゃあ後から追いかけてきてくださいよ。少しでも人手はあったほうがいいでしょう? 俺は先に行ってますから」

「わ、私も行くぞ! お前を1人で行かせられる訳ないだろ!」


 なら心強いな。

 頷いてから俺は再び森の中を駆ける。もう少し走れば大森林を抜けることもできるだろうし、そうすればドラゴンだって見えてくるだろう。そう思っていた俺とリリエルさんの地面が、黒い影に覆われた。


「上っ!?」


 音もなく俺とリリエルさんの上に現れたのは、巨大な生物。全身には魚のような鱗がびっしりと生え揃い、強靭な翼はそれだけで簡単に空気を切り裂いて空中を進む。四つの足は巨大な樹の幹みたいに太く、長く伸びる尻尾は動かすだけで空気の流れを生む。赤い……全身が真っ赤な赤色のドラゴンが、俺とリリエルさんの上を悠然と飛んでいた。


「やべ」


 ちょっと思考が停止してしまった俺とリリエルさんだが、次の瞬間にはドラゴンと目が合った。ドラゴンほど強大な生物だと、人間と目が合うことなんて殆どない。逆に、目が合うと言うことは……かなり凶暴な性格でこちらをしっかりと敵として認識していると言うことだ。

 加速アクセルを使用してリリエルさんを抱え、ドラゴンの下から逃げる。大森林の木々を粉砕しながら地面に降り立ったドラゴンは、俺たちを踏み潰すことができなかったことを察すると同時に、口を大きく開いて大気を揺るがすほどの雄叫びを発した。


「……やばいかも」

「ど、どうするんだ!? ここまで近づかれるなんて想定してなかったぞ!?」


 現在のリリエルさんの武器は弓矢……恐らくは遠くから敵を狙おうと考えていたんだろうが、ここまで近いとそれも難しいか。否、俺が囮になればリリエルさんは攻撃し放題になるってことだ。


「俺が引き付けるんで、なんとか頑張ってください」


 地面に魔力の杭を打ち込み、開門ゲートの下準備に取り掛かる。同時に、ドラゴンの方へと近寄るように走りながら創造クリエイトで魔法の武器を生成する。


「人間如きが生意気なっ!」

「喋れるのかよっ!?」


 おもむろに口を開いて言葉を喋ったドラゴンは、そのまま俺に向かって炎を放った。大森林の中で平然と炎を放つとは……やはりこちらのことは羽虫程度で、大森林のことも草むら程度にしか思っていないんじゃないだろうか。

 言葉が通じるとは思わなかったな……しかし、それなら説得する方法もあるかもしれない。

 俺はドラゴンの炎ブレスを避けながら、頭を軸として時計回りにドラゴンの周囲を走り、地面に杭を打っていく。ドラゴンの身体は大きく、近づきすぎると加速アクセルでも攻撃を避けきれない可能性があるので、いざというと時は開門ゲートで逃げられるようにしておく。


「なぁ! この先に世界樹があって、そこにはそれなりの人が住んでるんだ! だからここら辺で暴れるのはやめてくれないかな!」

「人間の事情など知ったことか! 世界樹も、焼いたところでどうせすぐに復活する!」

「ドラゴンの時間感覚だとそうかもしれないけど、人間からしたら世界樹が生まれ変わるのに何世代も時間がかかるんだぞ!?」

「言ったはずだ! 人間の事情など、知らぬ!」


 話し合いの余地は無しか!?

 ドラゴンが暴れれば生きる災害のようなもので、全てが吹き飛ぶのだと聞いたことはあるが、それにしたってここまで好戦的なドラゴンはそうそういないだろう。

 俺の言葉を聞いても全く興味がないようで、ドラゴンは再び口に炎を溜めてから口を開こうとして、身体にチクチクと当たっているリリエルさんの矢の方へと視線を向けた。


「……鬱陶しいわっ!」

開門ゲート!」


 燃え広がるような炎ではなく、ビームのような炎を口から吐き出したのを見て、俺は咄嗟に開門ゲートを使用してリリエルさんの近くに飛び、そのままドラゴンの口が開いている方向とは逆の位置に飛んだ。

 扉の中に転がり込むように入ったので、出る時も転がるようにして出てきてしまったのでちょっと身体が痛い。


「すまない、助かった」

「効いてませんでしたよね?」

「う……し、仕方ないだろう……まさかここまでドラゴンの鱗が頑強だとは思わなかったんだ」


 まぁ、それは確かに俺も思ったけども。

 うーん……どうすればいいのだろうか。あまり時間をかけすぎると、ドラゴンの炎で大森林が焼け野原になるだろうしな。

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