第18話 竜の雄叫び
男の容態はすぐに良くなった。世界樹の果実と俺の
「これを治そうと思ったら、熟した果実でも使わないと無理だな」
「熟した果実があれば欠損も治るのか」
「魂に記憶された形からその身体を治すことができる。生まれた時から欠損していた人間ですらその身体を治すことができるぞ」
単純に治すのではなく、魂に記憶されている通りの形に治す……人間ならば手足が2つずつ、目が2つ、口は1つ……みたいな感じか。
生まれた時からの欠損すら治すことができるとは、まさしく万能の薬って訳だな。世界樹を名乗るだけのことはあるってことか。
「ありがとうございます……お兄ちゃんはあのままなら、死んでいました」
俺とシルヴィが世界樹の薬効について喋っていると、ユウナが俺の所までやってきて頭を下げた。狐耳がぴょこぴょこ動きながら下げられた頭を、そのまま視線で追ってしまう。
「……あ、何に襲われてあんな風になったのか教えてくれるか?」
「はい……私たちは、世界樹が新たにこの世界に現れたと聞いてその場所を調査しに来たのです。森の守護者たちと接触してそれが本当であることを確認して、私とお兄ちゃんで直に目にしようと思ったのですが……この大森林に入る前に、巨大なドラゴンに襲われて」
「ドラゴンに襲われた?」
そいつはちょっと妙な話だな。竜……ファンタジーの王道生物であるドラゴンは確かにこの世界に存在しているが、基本的に奴らは縄張りから出ない生態をしている。しかも、一度縄張りと決めた場所から縄張りを移動させることは生涯ないそうだ。そんなドラゴンに襲われることの何が妙かって言うと、そもそもセルジュ大森林の近くでドラゴンが目撃されたことは人類の歴史では一度もない。ヨハンナの首都マグニカの近くなだけあり、そこら辺の警戒はしっかりとしているので、ドラゴンが縄張りとして住み着いたのならばすぐにわかるはずだ。
「襲ってきたのは本当にドラゴンだったのか?」
「はい。あの巨体と翼、そして強靭な鱗に牙は……間違いなくドラゴンでした」
縄張りを持たない種族か、それともまだ縄張りが決まっていないほど若いか。しかしこれでもまだ解せない点が多い。そもそもドラゴンってのは生態系の頂点なんて言われるぐらいの力を持っているだけあって、基本的に性格は温厚。人間が近寄っても悪意が無ければ特に反応もしないと言われるぐらいにはこちらに対して無関心な場合が多い。勿論、ドラゴンの中には好戦的な種族だっているが、そういう奴は大抵辺境に住んでいたりする。
セルジュ大森林なんて人類の生活圏の近くに住みながら、好戦的なドラゴンなんて聞いたことがない。まして、縄張りでもない場所で襲いかかってくるとは到底考えられない。
「調査してみる必要があるか」
「正気か? 人間が敵う相手じゃないぞ」
「それでもやるさ」
シルヴィは世界樹としてドラゴンの強さを良く知っているのだろう。だから俺に対して正気なのかと言った訳だが……少し生態調査をするだけならなんの問題もない。
「もしそのドラゴンが世界樹に惹かれてやってきた存在だったとしたら……殺しておかないといけないことになるかもしれない」
縄張りを持って生きる生態には理解を示すが、世界樹の周辺は既に俺たちの縄張りみたいなものだ。そこに勝手に住み着き、挙句の果てに襲い掛かってくるかもしれないドラゴンなんてこちらから出向いて殺すしかない。言うなれば自然の生存競争……相容れない存在ってことになる。
「やめて、おけ」
ドラゴン退治について喋っていたのを聞いていたらしく、怪我が治って横になっていた男がゆっくりと口を開いた。その口から出てきたのは、ドラゴン退治に向かおうとする俺を止める言葉だった。
「人間の敵う相手じゃない。世界樹の精霊が言っていた通りだ」
「獣人族ってのは結構臆病なんだな」
「何とでも言え。俺は、命の恩人が無駄に殺されに行くのを止めたいだけだ」
ふむ……ドラゴンと戦って自分は致命傷を受けたからこうして警告してくれているんだろうが、はっきり言って目の前のこいつよりも俺の方が強い。それを察しろとは言わないが、だからと言って無駄に殺されに行くって言われるとちょっとカチンと来る。
「そんな簡単に殺されるほど俺は軟弱なつもりはないぞ?」
「人間の限界値を遥かに超えた力を持っている。ドラゴンとはそういう存在だ……街に行って、軍隊を率いて討伐するのなら賛成できるが、お前が1人で行くなんて無謀だ」
「格上の存在と戦うなんてのは戦士の誉だろう? 勇気を持って前に進まなければ偉業は成し遂げることはできない」
「勇気と蛮勇は違う。お前のそれは、蛮勇だ……殺されることがわかっていながら戦いを挑むことのどこが偉業だ」
少し賛成できる部分もあるが、それでも俺は歩みを止めるつもりはない。勇気と蛮勇は違うと言ったが、その違いは結局挑む者の強さだ。
「ま、自分がまともに戦うこともできずに負けた相手に人が挑みに行くって聞いたら止めるのは当たり前だと思うが……俺に任せておけ」
「頼むから話を聞け! あのドラゴンは普通のドラゴンとは違う! なにか歪で邪悪な魔力を感じた……あれはまともに戦っていい相手じゃない!」
歪で邪悪な魔力? そんな妙な表現を聞いたのは初めてだが、なんとなく想像することはできる。あの、魔王的な感じでしょ?
「ユウナ、お前もなんとか説得してくれ」
「え? で、でも……確かにあのドラゴンはやっつけないとこの森だって危ないかもしれないし」
「1人で行くことはないだろう。もっと多くの仲間を集めて、しっかりと準備を整えてから──」
男の声を遮るように、大地を揺るがすほどの雄叫びが聞こえてきた。
「……人を集めている時間は無さそうだな」
「ま、待てっ!」
今の雄叫びは……恐らくは噂のドラゴンのものだろう。この土地に住んでから……いや、俺がマグニカに住むようになってからこんな声は聞いたことがない。
俺が剣を片手に飛び出した後ろを、シルヴィとグレイがついてくるが、俺はそれを手で制止する。
「グレイ、お前はこの家にいろ……あの2人を頼む」
「私も行く。この身体でどこまでできるかわからないが……少しは役に立つはずだ」
「世界樹の精霊がドラゴンに殺されたら世界樹はどうなる?」
「……枯れる」
「なら黙って待ってろ」
世界樹を守る為にドラゴンと戦うって言うのに、その世界樹が前線に出てきたら意味無いだろうが。
これは、俺の戦いだ。
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