第14話 夢を追いかける
野菜の苗を買いに来たはずが、何故かマリーを慰めることになっていた。根本的な原因が俺にあるような気がするし、そもそも何とかしようとは前から思っていたから別にいいんだけども……どうにもマリーのことを放っておけない。この世界でもマリー以外の女性と何回か付き合ったことはあるけど、マリーほど長く付き合っていた女性はいないし、今何しているのかななんて考える元カノはマリーだけだ。そういう意味だと、マリーが俺に未練を持っていたと言っていたように、俺もマリーには未練を持っていたのかもしれない。
「マリー」
「……もうちょっと」
俺の背中に縋りついて離れなくなってしまったマリーに声をかけるが、もう少しだけと言われると動けなくなってしまう。まぁ、そのもうちょっとが既に3回目なんだが。
こういうのって大体は前だと思うんだが……未練はあるし今でも好きだと思っているけど、それはそれとしてムカつくので前から抱き着きたくないらしい。なんて複雑な感情なんだろうと思うけども、それもこれもしっかりと別れずに喧嘩別れでそのまま放置していたツケみたいなものだと思って甘んじて受け入れよう。
「……私以外の人と黄金郷を見つけたの?」
「いや、黄金郷は見つからなかった……手掛かりになりそうなものも全部探したし、取り敢えず色々な所を探索して少しでも手掛かりはないかと走り回ったけど……全く、見当たらなかったよ」
「え?」
驚いたような声と一緒に、マリーが背中から離れて俺の顔を真正面から捉えた。その顔には困惑と心配の表情が浮かんでいて……マリーが今、俺に対して何を感じているのか手に取るように分かった。
マリーと同棲していた時、俺は何度も神話に出てくる黄金都市のことを話した。そして開拓者としてその未知の場所を発見して、黄金郷が実在することを世間に知らしめてやるのだと意気込んでいたことを、マリーは知っている。彼女は呆れながらも毎回しっかりと話を聞いてくれたし、本当に黄金郷があったら一緒に行きたいと笑い合っていたからだ。
俺が黄金郷にどれだけの夢と希望を抱いていたかを知っていたからこそ、マリーは見つからなかったと諦めている俺の姿を見て困惑しているんだと思う。俺が開拓者を引退したと聞いた時に、彼女の頭に真っ先に思い浮かんだのがその疑問だったのだろう。果たしてヘンリー・ディエゴという男は、黄金郷を見つけることができたのだろうか、と。
「諦める、の?」
「そうせざるを得ないかな……正直、これだけ大陸中を巡って見つからないものなんて追い続けても仕方ないのかもしれないなって」
張り詰めていた糸がなんの予兆もなく千切れるように、俺の中のモチベーションは切れてしまった。精神の加齢を理由に勝手に引退した自分に言い訳していたが……結局、俺は自分の夢を見つけられなかった情けない姿を見つめたくないだけなのかもしれない。だから、アルメリアが俺の跡を継いで黄金郷を見つけると言っていた時に、諸手を挙げて大賛成……とは言えなかった。彼女もまた、俺と同じように折れてしまうのではないかと思ったから。
「……こんなことしてる場合じゃない! 私より貴方の方がよっぽど重傷じゃない!」
「いやいや、俺はもう引退した身だからもういいよ」
「もういい、なんて貴方の口から聞きたくない! 私が好きになった貴方は現実に生き場所を求めて妥協するような賢い人じゃなかったわ!」
それは結構、俺のことを浪漫ばかり追いかける馬鹿だと思ってないか? いや、数年前の自分は確かにそんな感じだったんだけども……客観的にそうやって他人から言われるとどっちがよかったのか微妙にわかんねぇな!
「少なくとも、私は夢を追いかけ続ける貴方が好きよ!」
「……今の諦めて干からびた俺のことを嫌い?」
「昔よりちょっと大人びていてこれはこれで大好きよ!」
えぇ……どっちもじゃん。
「あ、ち、違う……その、なんていうか……貴方には元気でいて欲しいって言うか……黄金郷を追いかけるのを辞めてもいいから、それ以外の夢を持って未来に希望を抱いて欲しいって言うか……」
「……ありがとう」
なぁんだ……俺のことを心配してくれる人って結構いるんだな。
異世界から転生してきた人間ってことで、割と周囲の人と隔たりを感じていたけど……俺が勝手に思っていただけなのかもしれないな。もしかしたら、俺が黄金郷を探して世界中を走り回っていたのは……俺と言う異物がこの世界にいてもいいのかという現実から目を逸らしていただけだったのかもしれない。勿論、黄金郷は本気で探していたけれども。
「今も小さな夢はあるよ」
「夢? 聞かせて……昔みたいに」
「あぁ……今の夢はね、家の周りを綺麗な花畑にしたいなって」
「花畑? その……今は何処に住んでるの? ここには帰ってなかったみたいだけど」
「セルジュ大森林の中に大きな樹が生えてるだろ? あれの根元に住んでる」
「セルジュ大森林って……貴方、もの好きね」
なんでさ。
「まぁいいわ……大きな樹の根元ね。今度行くわ……おすすめの花の種を持って行ってあげる」
「へぇ、いいね……どんな種があるの?」
「色々あるわよ? 太陽光を吸収して周囲を焦土に変えるような怪物が育つ種とか」
「ん?」
焦土?
「あとは、成長すると人を食べるぐらい大きくなる食獣植物とか」
「あれ? 俺、もしかして言葉が通じてない? 綺麗な花畑って言ったよね?」
「他にも鉄を溶かす猛毒を吐く花とか、成長すると地面からにょきにょきと生えて独りで歩き出す花とかあるわよ」
「うーん……マリーって頭悪い?」
「なによ……私が持ってる花の種なんて迷宮で見つけた植物型モンスターの種しかないわよ」
「いらないよっ!?」
なんで逆にそんなものをありがたいと思って受け取ると思ったんだよ! 俺は普通に綺麗な花畑にしたいって言ったのに、なんでそんな意味わからない方向に飛んでいくのか理解できないよ!
「もしかしてまだ怒ってる?」
「怒ってないわよ……ただ、嫌がらせしてやろうとは思ったけど」
「それを怒っているって言うのでは?」
「冗談。そもそも植物型モンスターの種なんて漢方の素材になるから持ってるだけで、植える物じゃないわよ……迷宮以外で成長したなんて話も聞いたことないし」
よ、よかった……いや、よかったのか? 結局マリーは俺に対して怒っているってことだから良くないのでは?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます