第13話 失敗の過去

「そろそろ、植えるための植物を買ってこないと」

「……えっ!? ここまで耕しておいてまだ植物買ってないんですか!? 今まで何のために耕してたんですか!?」

「植えるためだよ」


 確かにまだ買ってないのは自分でもどうかと思うけど、何のために耕していたって言われるほどではないだろ。


「まず、簡単に育てられる野菜からだな」

「簡単に育てられるって……どんな?」


 やっぱり芋系は簡単なんだよな。栄養が少なくても育つことができるってだけで育てるのが簡単だし、土が多少硬かったり、逆に柔らかすぎてもしっかりと成長してくれるからそこまで手間もかからない。逆に、水が多く必要だったりしっかりと肥料を与えないと育たない植物は手間がかかるから最初に育てるべきではないだろう。

 前世の地球で言うとジャガイモとか簡単に育てられるんだよな……大きく育てるにはコツがいるけど、小粒でもいいんだったら適当に芽が出たジャガイモを植えておくだけで自然の雨だけでも結構育ったりする。


「何を育てるにしても取り敢えずはマグニカに買いに行かないと」

「マグニカに?」

「あぁ……ちょっと開門ゲートで行ってくるだけだからいいんだけどさ」

「ヘンリーさんの開門ゲートですか……頭おかしいですよね」


 なんで罵倒されたの?


「普通の開門ゲートってそこまで便利な魔法じゃないんですよ? ヘンリーさんはどんな頭してるか知らないですけど、普通に考えてここからマグニカまでの距離を開門ゲートで繋げられるような魔法使いが何人いるか……」

「俺のはちょっと特殊なんだよ」


 この世界の人が想像する開門ゲートはあくまでも扉を通じてある点に移動するだけだろうけども、俺が想像している開門ゲートは空間そのものに干渉しているって感覚だ。勿論、これは前世の漫画とかアニメの知識から考えた想像力で成り立っているだけで、俺が個人的に研究していたとかではないけど……とにかく魔法の効果が手っ取り早く強くするにはそれに合ったシチュエーションを想像するのが早い。俺の場合は、ゲームのファストトラベルみたいなイメージで移動してるからな。

 開門ゲートは設定した点と点を結ぶ移動方法だが、設置できる点には限りがあるので、無制限に移動が繰り返せたりする訳ではない。だから、俺はマグニカにある荷物置き場の拠点と、この世界樹の根元にしか点を設定していない。それ以上の設定をすると、制限に引っかかって肝心な時に使えなかったら困るから。


 開門ゲートを使ってマグニカへの道を開く。荷物置き場ぐらいにしか使っていなかった拠点だが、そこには開拓者として色々な遺跡とか未開拓地に行った時の戦利品がまだまだ転がっている。流石に全部を整理して家に持っていくのは疲れるから。

 見慣れた部屋に降り立つと、何故か部屋の端でマリーが座り込んでいた。


「……マリー?」

「は……ヘンリー?」


 マリーがこの場所を知っているのはなにもおかしくない。俺と彼女が同棲していたのは、彼女が住んでいた場所の方だが……この場所にだって勿論彼女と何回も来たことがある……と言うか、この場所に置いてけぼりされている開拓者時代の戦利品は、殆どがマリーと巡ったものばかりだ。


「おかえり、なさい」

「た、ただいま……なにしてたんだ、この部屋で」

「貴方を感じていたわ」


 怖いんだけど。

 アルメリアはこの前は冷静じゃなかったと言っていて、本当にその通りな感じで今は大分落ち着いて真正面から喋ることができるけど……どうも俺の前で座っているマリーは正気ではない。この前の様に座った目をしている訳ではないが、逆に虚ろで何処を見ているのかわからない目をしている。

 この間は色々とあったとはいえ、流石に元カノがこんな状態なのに放置しておくことはできないのでそっと近寄って頭を撫でてやると、びくっと身体が反応してから俺の手を恐る恐ると言った様子で掴んできた。まるで壊れ物に触れるかのような扱いをされるのはちょっと変な気分なんだが……どうもマリーの様子がおかしい。


「どうしたんだ?」

「……夢を、見るの」


 夢?


「貴方と別れてから、ずっと考えないようにしてきたのに……もし、貴方に説得されるままに、私もずっと開拓者を貴方とやっていたら……この宝物だらけの部屋と一緒に、楽しく過ごせていたのかしらって」

「……マリーは、迷宮探索者としてしっかりと結果を残してるだろ? だからそれでよかったんだよ。俺と君じゃ目指しているものが違った……俺は浪漫を、君は現実を見ていた。それだけのことだったんだよ」


 俺とマリーは道を違えた。確かに最後は喧嘩別れみたいな形になってしまったけど、そもそも彼女と俺では目指している場所が違ったんだ。俺は利益なんて度外視でただ黄金郷を求めていたけど、彼女は開拓者という流行らないものをやってどこまで稼げるのか、俺と共に確かめたかっただけだ。

 夢を追いかけ続けるのは疲れることだ。人間ならば誰もが夢を持ち、そして叶えたいと思うが……人の夢と書いてはかないと読む。俺と彼女の夢の行き着く先が違った……そしてなにより、彼女は途中でこのまま進んでも自分たちに未来がないと思ったのだろう。だから……別れた。


「私、ずっと貴方のことを未練がましく思っていたわ」


 そう言いながら、彼女が首から外したネックレスには……俺と彼女が初めて開拓者として成功した時に得た金で買ったペアルックの指輪が付けられていた。そんな昔の物を、まだ大事に持っていてくれるなんて思ってもいなかった……俺と別れてから探索者として成功したマリーは、俺のことなんてとっくに吹っ切っているものだと。


「探索者として、迷宮をどれだけ攻略しても貴方の影を追い求めてしまったわ。迷宮を探索して得た宝石よりも、砂漠で見つけたガラクタの方が綺麗に見えた。探索して得た名誉も、開拓して何も見つけられなかった徒労感に比べてちっぽけな気がした。私……どうして貴方と別れて、探索者なんてやってるんだろうって……何回も思ったわ」


 うーむ……正直、そこは個人の感性だから何とも言えない。ただ、マリーとしては探索者として成功するよりも、開拓者として失敗していた時の方が充足感を得ていたと言うことだろう。難しい問題だが……これはマリーが乗り越えるべき問題だ。ここから探索者としてしっかりと立ち上がるのか、それとも開拓者に戻るのか……あるいはその虚無感を抱いて引退してしまうのか。


「マリー、俺は君が開拓者の方が向いているとか、探索者を続けるべきだとかは言わない……けどこれだけ、はっきりと言わせて欲しい。俺も……君と開拓している時が一番楽しかったよ」


 マリーと別れてから幾つもの成功を収めてきたが……未だに初心者時代の失敗を思い出す。マリーと共に走ったジャングルも、砂漠も、海岸も、雪山も……全て覚えている。


「後悔しても時間は戻らない。だけど……過去はなくなったりしない」


 だから……強いマリーに戻って欲しいと、俺は心の中で呟いた。これを直接伝えるのは……少し残酷な気がしたから。

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