第10話 族長さん

「ほーれほーれ」

「……何をしているのか聞いてもいいか?」

「何してるって、グレイと遊んでるんだよ……なぁ?」


 ワンっ、と犬っぽく鳴きながら尻尾を振っているグレイの顎を撫でてやる。グレイに少しずつ色々なことを教えて行こうと最初は思っていたのだが、シルバーウルフはかなり知能が高いのかこちらの言語が何を指しているのか1度教えてやるだけで意図を組んでくれるようになった。そのうち喋ったりしてくれないかなと思ったけど、この見た目で高圧的に喋られたらちょっと立ち直れない気がするからこのままでもいいか。

 グレイのお陰なのか、それとも違う原因があるのかは知らないが、未だに世界樹を狙ってやってくるモンスターはいない。まだ世界樹が小さいってのはあるんだろうけど、グレイに傷をつけたモンスターがいるはずなので……いつかは襲ってくると思うのだが。


「それより、隠居生活が基本的に犬と遊ぶか畑仕事なのはいいのか? これならいっそのこそ、私を使って人を集めて集落で作った方が楽しいのではないか?」

「人が集まるとそれだけ面倒ごとも集まってくるもんだからな。勿論、やってきた人を断るつもりなんてないけど、俺から積極的に人を集めに行ったりはしないよ」

「そうか……一応、世界樹として信仰されると私の力も取り戻しやすくなるんだがな」


 それならそうと先に行ってくれよ。そんな物語の神様みたいなシステムをしているんだったら、もっと人が集まるような方法を考えたのに……でも、今はまだ簡単に集めることもできないな。周辺の安全も確保できていないし、マグニカから少し見える程度の大きさしかないんだから。


「しっかり成長したらどれくらいの大きさになるんだ?」

「お前の顔がしっかりと埋まるぐらいの豊満になるぞ」

「精霊の身体の話はしてないんだ」

「なんだ……樹の方か」


 なんで今の会話の流れで精霊ボディが爆乳になる話をしてると思ったんだよ……そっちの方が怖いわ。


「そうだな……横に伸びる枝葉が、マグニカと呼んでいる街の中心を全部覆いつくさないぐらいじゃないか?」

「マグニカの中心に生えて?」

「いや、ここから」


 大きすぎないか? ヨハンナの首都なだけあって、マグニカって滅茶苦茶大きいんだからな? そのサイズで考えると余裕でセルジュ大森林を覆いつくすぐらいの大きさになることは確定じゃないか。


「恐らく、そこまで成長するのに数千年はかかると思うが……お前にも見せてやりたいな」

「はは……あと50年ぐらいしたら死んでるよ」

「…………人間の寿命はあっという間だな」


 なんでそこで長命種特有の悲しい感じの表情を浮かべるのか……いつもだったらもっと弄る感じで言うだろうに。こういう時だけそういった雰囲気を醸し出すのはやめてくれよな……なんとなく恥ずかしいからさ。

 それにしても、数千年か。世界樹なんて名乗るだけあって時間のスケールが人間とは大違いだ。人間なんて精々長生きしても100年ぐらいなんだから、生物として繁栄しながらも世界の変化を観測できるレベルではないんだよな。


「どうしても死にたくない時は私に言えよ」

「……絶対に言わない」


 その言い方、まるで人間の寿命や死をなんとかできるみたいな言い方なんだよな。それが本当だとしたら人間に焼かれてしまうのも理解できるし、俺がそれを知ることで余計な問題が起きそうだから黙っておこう。

 シルヴィの言葉を意図的に無視してグレイに視線を向けると、丸々とした目でこちらをじーっと見つめながら首を傾げているグレイと目があった。


「かーわいいなぁ……お前は長生きしてくれよ」


 ペットを飼うのにちょっと抵抗感が生まれるのが、やっぱり寿命の問題だと思う。どうしても動物を飼うと基本的には人間よりも先に逝ってしまうから……その命を重さを受け止める覚悟が無ければペットなんて飼っては駄目だ。


「……野暮なことを言っているのはわかっているが、シルバーウルフの寿命はだいたい300年だと言われているぞ」

「は?」


 え、なんて? 30年の間違いじゃなくて?


「お前なぁ……シルバーウルフはただの動物じゃないんだから当たり前だろ。成獣の雄なら人間より3回りぐらい大きい身体になるんだぞ?」

「いや、俺シルバーウルフなんて知らないし」

「開拓者なのにか?」

「開拓者だからってなんでも希少なモンスターを知ってると思うなよ」


 俺は遺跡発掘系がメインだったんだから、下手するとモンスターと戦っている時間よりも遺跡のトラップと戦っている時間の方が長かったまであるんだぞ。

 シルヴィに溜息を吐かれてムカついたのでちょっと意趣返し的に言ってやったら、それと同時に森を抜けてこちらに近寄ってくる気配を感じた。リリエルさんと似ていることから、恐らくは森の守護者だと思ったが……もしかして族長さんだろうか。


「おっと、お取込み中だったかな?」

「いえ。族長さん?」

「あぁ、リリエルから聞いているんだね。私は森の守護者の族長をしているケーブルだ。世界樹様は久しぶりですね」

「んー覚えてない」

「はは……相変わらずのようですね」


 エルフの族長さん……どうやらシルヴィが覚えていないだけで、世界樹の精霊とは面識があるらしい。まぁ、森の守護者なんだからその守護している世界樹と面識がなかったら意味わかんないんだけども。


「これからこの近くに私たちが住むことになって、それを君が許可してくれたと聞いてね。改めて一族を代表して感謝の言葉を述べに来たんだ」

「いえいえ……世界樹の根元に住むための家を用意していたってだけで、別に森が俺の土地になっている訳ではないですから。資源は独占するより分かち合った方が平和でしょう?」

「……違いないね」


 ふむ……なんとなく世界樹を焼かれた事件のことを言外に伝えてみるが、どうやら華麗にスルーされてしまった。しかし、族長さんからは全く悪意を感じないので、別に人間のことを嫌っているとかではなさそうだ。勿論、好きって訳でもないだろうけども……少なくとも、俺のことを世界樹の根元から排除しようなんて考え方はしていないのだろう。

 それにしても……リリエルさんの時も思ったが、エルフってのは美形しかいないのか? 族長であるケーブルさんも、前の世界樹があった頃から生きていたみたいだけど、20代のイケメンって感じの見た目してるし。


「なにか困ったことがあったらいつでも私たちに相談してくれ。世界樹に関しては、君より私たちの方が詳しいだろうからね」

「助かります……精霊の癖に適当言いますから」

「言ってないが?」

「わかるよ」

「おい森の守護者。なんで人間の味方をする」


 森の守護者にすら適当を言っていると思われる世界樹って……燃やされたのも自業自得だったりしないよな?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る