第11話 アルメリア

「これはなんだ?」

「部屋の中を勝手に漁らないでくれるかな」


 俺が外で土を弄っている間に、部屋に侵入していたらしいシルヴィが俺に向かって金色の小さな盾を見せてきた。どう見ても俺の部屋に飾ってあったものなんだが、なんでそれを持っているんだと問いただそうとして……シルヴィだから仕方がないと割り切った。

 シルヴィが片手に持って掲げている小さな黄金盾は、俺が黄金郷を求めて開拓者をやっていた時に見つけたものだ。確かに金で作られているそれこそが、黄金郷に繋がっているに違いないと当時は考えていたのだが……なんてことはない、ただの金で作られただけの小さな装飾用の盾だっただけだ。しかし、あの盾にはそれなりの思い出がある。


「これは南の海を船で結構進んだ先の孤島で見つけた盾だな。俺が、初めて弟子のアルメリアと一緒に行った場所でもある」


 探索者協会の建物内で俯いて絶望し、今にも命を絶ってしまいそうだったアルメリア見捨てられず、彼女を拾って弟子としてから初めて開拓しに行った絶海の孤島。内部には過去に存在していた文明の痕跡らしきものは見つかったが、結局それが黄金郷への手掛かりになることはなかった。それでも、その孤島で見つけた物は殆ど売らずに俺とアルメリアが持っている。なにせ……大切な思い出だからな。


「ふぅん……お前はそうやって釣った魚に餌をやらない性格なんだな」

「……おい、人聞きが悪い言い方をするな。そもそも俺はアルメリアに生き方を教えただけで、男女の付き合いまでいったつもりはない」


 釣った魚に餌をやらないって言うのは、付き合ってから構わなくなる人間のことだろうが。俺はそもそもアルメリアとは付き合ってない。勿論、この間の一件を考えると彼女が俺のことをどう思っているのかは明白だが、それでも俺はアルメリアのことを1人の異性として扱ったことはない。あくまでも、死にかけてきた弟子として道を示しただけだ。

 マリーとは喧嘩別れした直後だったから、俺も少ししみったれた気持ちになっていたのもあるかもしれないが、それでも俺はアルメリアと肉体関係なんて持ってないし、そもそもキスだってしてないんだからな。


「しかしな……自分が女に依存されていることには気が付いているんだろう? しっかりと解消してくれないと私がいつ燃やされるか心配で夜も眠れないぞ」

「嘘を言うな」


 昨日もぐっすり寝てたじゃん。

 はぁ……にしてもなんでいきなり金の盾なんて。


「みーつけた……酷いじゃないですか、こんな素敵な所に家を建てたなら、ちゃんと呼んでくださいよ」

「……アルメリア?」


 いや、動揺するな……世界樹がどんどん成長している関係上、ここが見つかるのは時間の問題だと認識していたはずだ。だから、アルメリアがここにやってくることは想定内なんだ。

 彼女が俺に求めているものは男女の関係なんだ。つまり、俺に危害を加えるためにここにやってきた訳ではない……だから、警戒している様子を見せずにしっかりといつも通りに接してやり、今までのことを誠心誠意謝ってこれからしっかりと話し合っていく姿勢を見せればなんとかなる。


「アルメリア、俺は」

「この間はごめんなさい……貴方が開拓者を辞めるなんて言うからちょっと動揺しちゃって」

「え、あぁ……うん」


 そりゃあ、誰にも言わずにいきなりやめるって言い始めたんだから困惑するよな。俺だって自分の気持ちの糸がいきなり切れたことで、自分がどうしたいのかわからなくなってしまったから隠居するなんてことを言い出した訳だし。

 アルメリアにとっては頼れる探索者が俺にしかいないのに、いきなりその俺が探索者やめるなんて言ったから動揺しちゃってあんな詰め寄ってきた……まぁ、嘘は含まれていないが本当のことも大分隠されているな。


「隠居するから誰かと結婚するなんて言い出さなくてよかったです。そうなったら全部吹き飛ばしていたところでしたから」

「こわ」

「怖くないです」


 頬をちょっと膨らませて怒るアルメリアの顔を見て、俺は安堵の息を吐いた。前に会った時よりも随分と落ち着いているみたいで安心した……これならゆっくりとこれからのことを喋ることができるだろう。

 そう思って俺が前に踏み出した瞬間に、アルメリアがにっこりと笑った。


「ところで、その幼女は誰ですか? 私と貴方の思い出を持っているその幼女は……誰なんですか?」


 殺気ではなく、怒気だ。俺や背後のシルヴィを殺そうとしている訳ではないが……かなり怒っている。恐らく、アルメリアが俺の所にやってくるのがこんなに遅れたのは気持ちに整理をつけていたからなんだろう。色々と考えることがあって、やっと気持ちを整理して冷静になれたからここに来たのだろうが……俺の背後で思い出を持って佇む女を見て怒りが爆発しそうになっている。

 冷や汗をかきながら背後を見ると、シルヴィがニヤニヤとした顔で盾を手渡してた来た。


「私の名前はシルヴィ……そこに生えている世界樹の精霊だ」

「なるほどシルヴィさん……精霊?」

「この身体は動きやすいからそうしているだけで、性別は特にない。今は幼女みたいな姿をしているが、本当はもっと胸が豊満で美人な女性だが……今は力がないのでこんな姿をしている」

「力がない……つまり、貴女はヘンリーさんの魔力を貰ってなんとか頑張っていると?」

「理解が早いな」


 え、なんか思ったより殺伐としていない。シルヴィが精霊だと聞いた瞬間に、アルメリアが全身から放っていた怒気を消し、今度は精霊の方に興味津々って感じになっている。

 おもむろにシルヴィに近づいたアルメリアは、無遠慮に精霊の頬をムニムニと触り始めていた。しばらくされるがままになっていたシルヴィは、少ししてから手を払いのけた。


「やめんか!」

「わっ……なんだか可愛いですね」


 アルメリアは俺に連れられて嫌々開拓者をやっているんじゃないかと俺が勝手に思っていたんだが、シルヴィへの反応を見る限り……もしかしたら彼女は好きで開拓者をやっているのかもしれない。そう思えるほど、今のアルメリアの顔には未知への探求心が浮かんでいた。


「まぁ、とにかく俺は世界樹の世話をしながらここに暮らしてる訳だ。開拓者には戻らないぞ……もう、流石に疲れたからな」

「流石にって……まだ25じゃないですか」

「色々とあるの」


 肉体が若くて精神もそっちに引っ張られているけども、精神に溜まった疲労は70年分ぐらいあるんだから仕方ないだろ。

 はぁ……アルメリアはこれくらいで済んでよかった。しかし、そうなるとマリーが面倒だな。あいつは……アルメリアと俺が接していた時期よりも遥かに長く一緒に活動していたから。

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