第9話 隣人ができた

 世界樹に魔力をやり始めてから数日が経過した。もはや家の愛犬となっているグレイは、家の近くに作ってやった簡易的な家の中でずっと寝そべっているが、俺が近づくと反応して起き上がるぐらいにはペットとして飼えている。もっとも、同居人のシルヴィとは中々反りが合わないらしく、1日に1回は吠えられているのを見る。

 クレアが忠告してくれた2人だが、未だにこの世界樹と俺の家の元にまではやってきていない。まだ見つけられていないのか、なにかしらの理由があってここに来ることができないのかはわからないけれども……2人が俺に対して望んでいる答えを返せるかどうかは抜きにしても、しっかりと話し合わなければならないことだけは理解しているつもりだ。


 今日も今日とて、世界樹に水と魔力を分け与える。世界樹の意思そのものであるシルヴィは家の中でゴロゴロしているが、世界樹に魔力と水を与えられる感覚はわかるらしく、魔力をやった後に家に戻るとご苦労、と言わんばかりの顔で待っていたりする。そんな偉そうだからグレイに吠えられるのでは?

 そのまま外でちょっと畑仕事してから家に戻ろうかと思っていたら、マグニカがある方向とは真反対の方角から人影が歩いてきた。よーく目を凝らして見てみると、それは数日前に俺とギャーギャー言い合いになってそのまま帰っていったリリエルさんだった。


「む、外にいたのか」

「リリエルさん、数日ぶりですね」

「そうだったか……そうだな」


 ん、どうしたんだ?


「いや、森の守護者からしたら普通にすぐに行って帰ってきたぐらいの感覚だったんだが、人間の寿命から考えると数日ぶりというのは久しぶりって感覚なのかと思ってな」

「どうしたんですか急に」


 エルフが人間よりも長生きなんてのはファンタジー世界ではありふれた話じゃないか。今更、リリエルさんと俺の感じている時間の流れが違うんだとかショックを受けたりしないよ。


「いや、まぁ……そこは問題じゃない。族長にお前が世界樹を育てているって話をしてきたところなんだ」

「あぁ……それで?」

「族長は人間が育てることができたのならば、きっと善の人間なのだろうから見守るだけでいい、と……族長は人間のことを信じている様子だった」


 へー……でも、エルフの族長ってことは多分前の世界樹が燃やされた時から生きている人ってことだよね。なんでそんな目に遭いながらも人間のことを信用してやると思えるか知らないが……許可がもらえたってのはいいことなのかな?

 しかし、リリエルさんはなんとなく浮かない顔のままだ。


「なにか困りごとでも?」

「ん……いや、族長が……世界樹が新たに大地に根付いたのならば、森の守護者は古の約定に従って世界樹を守護しなければならない、と言っていたんだ。つまり……お前がこの世界樹の根元に住まうように、森の守護者も集落を移動させてこの近辺に住むってことになるかもしれない」

「いいですよ」

「あぁ、わかっている。お前の生活場所を脅かしたり──いいのか!?」


 だって別に断る必要ないし。俺はこの場所が静かで好きだから隠居しているってのは間違いないけど、だからって人が近くに来るから嫌だった思うほど心が狭いつもりもない。当然、エルフの人たちが人間なんて世界樹の近くから出て行けって言うなら話は別だけど、先に住んでいた俺に配慮してくれるって感じの言い方だし……断るようなことはないだろ。


「何人ぐらいいるんですか?」

「あ、あぁ……私が共に生活している森の守護者たちは全部で18人だな」

「え、少ないですね」

「まぁな。森の守護者とは言っても、世界樹が燃やされてからは散り散りになり、世界中の森で息を潜めて生きてきたから……元々、寿命が長いから数も少ないしな」


 ふむふむ……じゃあ、ちょっとした集落が近くに来るだけってことだな。なら猶更俺が気にするようなことなんてないじゃないか。言い方的に、世界樹の根元にそのまま住む訳でもなさそうだし、良き隣人さんとして仲良くしたいものだ。


「それで……私が、世界樹とお前を監視する役になってな」

「……空き部屋なんてありませんよ」


 大きめに作ってもらったから別に無い訳ではないのだが……このペースで人を増やしていたらいつの間にか家の中がいっぱいになっていたりする可能性があるので、ここは丁寧に断っておこう。


「お、お前と一緒に住むつもりはない! ただ、近くに住居を建ててもいいか聞きたかっただけだ」

「あぁ……それなら全然、構いませんよ。ただ、家の近くには狼がいるので気を付けてください」

「狼?」


 リリエルさんが集落とやらに戻っている間にもっとも変わったことだよな。俺がちょっと下手くそな口笛を吹いてやると、とてとてなんてちょっとかわいらしい足音を響かせながらグレイが駆け寄ってくる。くすんだ灰色みたいな毛並みだったのが、今では太陽の光に反射して輝いて見えるぐらいには綺麗になった。まぁ、しっかりと水で洗ってやったからな。


「シルバーウルフか? こんな小さなシルバーウルフは初めて見たが……子供か?」

「さぁ? 怪我してから治してやったら懐いたから、そのまま飼うことにしたんですよ。隠居生活にはやっぱり飼い犬が欠かせないと思って」

「そうか……ほれ」


 調子に乗ってリリエルさんがシルバーウルフに手を出したら、グレイは露骨に牙を剥いた。こいつ、俺には犬みたいに懐いてきた癖に、俺以外の人間には警戒心高いよな……もしかして、俺はなめられているのか?


「……シルバーウルフは森の奥地でも滅多に見かけないぐらいに貴重な種だ。警戒心が高く、家族以外の生物に懐くことはないと言われているが……傷を治してもらった恩が忘れられないのか、お前にはそれなりに懐いているな」

「それなり?」


 俺が手を伸ばしたら普通に頭を撫でさせてくれたが、これはそれなりに懐いているのか? もう実家で生まれた犬並みに懐いているような気もするけど……まぁいいか。


「とにかく、伝えることは伝えたからな……私はこれからもう一度族長の元に戻って許可が貰えたことを伝えてくる。これからは隣人としてよろしく頼む」

「あぁ……うん……家とか自分で用意できるの?」

「勿論だ。あんな豪華な家にはできないが、それなりの建築技術は持ち合わせているからな……私ではないが」


 大工みたいな人がいる訳ね。

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