第8話 デリカシーがない

「……なに、してるんですか?」

「見てわからない、かっ!」


 クワを持って地面に向かって振り下ろす。まだまともに植物を育てられるほどに耕されていない土地は硬く、栄養も少ないように見える。これに肥料を撒きながらしっかりと農作物が作れるだけの土にするには、それなりの時間がかかるかもしれない。野菜屑とかも分解してどんどんと土を肥えさせたいところだが……まずは地面をしっかりと掘って柔らかくするところからだな。

 俺がクワを持ってひたすらに振り下ろしているのを呆然とした表情で横から観察していたクレアは、しばらくしてから慌てた様子で俺の近くに寄ってきた。


「どうした?」

「どうしたじゃないですよ! そもそもなんで貴方がこんなことしてるんですか!?」

「なんでって……自分の畑なんだから他人にやらせる訳ないだろ。大して大きい訳でもないし……当たり前だろ?」

「違います! なんでヨハンナで最も偉大な開拓者がクワを持って畑を耕しているのかって聞いてるんです!」


 なに? ちょっと畑やる人を馬鹿にしたような言い方だな……やっぱり評議会議長の娘ってだけあってそういう肉体労働は底辺がやる仕事って意識があるんだろ。いや、自分で考えながら思ったけど、探索者だって肉体労働だから似たようなもんだよな……まぁいいか。

 そのままクレアを放置して再びクワを握ろうとしたら横から奪われた。


「貴方はこんなところで畑を耕していていい人間じゃないんです! もっと沢山の人に尊敬されて、栄光の中で過ごすべき人で」

「富も、名声も……欲しがってる奴にくれてやればいい。俺はただ単純に、未知の黄金郷が見たかったから大陸中を開拓していただけで、別に褒められたくてやった訳でも金が欲しくてやっていた訳でもない……だから、飽きたらそのまま放り投げるだけだ」


 当然だが、クレアのように俺の活動によって命を救われたとか、そういうことになっているのならばちょっと嬉しいけれども……基本的に誰かに理解されようとして開拓者をやっていた訳ではない。引退する理由だって、他人からなにか言われたとか冷遇されたとかではない。むしろ、探索者協会は俺みたいに頑なに開拓者から探索者にならなかった奴を相手にしても絶対に無碍な扱いはしてこなかったからな。

 俺が開拓者を辞めたのは自分の都合。そして、たとえその時の恋人だってマリーになにを言われようとも開拓者を辞めなかったように、今も誰になにを言われようとも隠居することを撤回するつもりはない。


「……ちょっとは俺に失望したか?」

「しません。貴方にも事情があることは最初からわかっていましたし、特別な理由がないのならばそれが説得するのに一番難しい状態だということもしっかりと理解できているつもりです」

「ならよかった……放っておいてくれないか?」

「嫌です」


 うーん……クレアの考えていることが全く分からない訳ではない。尊敬する人が若いまま飽きたからって引退していくのは嫌だろうし、俺だって逆の立場だったら絶対に引き留めると思う。しかし、これに関しては考え方を変えるつもりはない。


「貴方を無理に連れ戻すことは不可能だと思います……けど、これからここに通っていいですか?」

「は? 通ってもデカイ樹以外はなにもないぞ」

「この大きな樹、数日前にはなかったものですよね? もしかして貴方が開拓者として発見してきたものを植えたとかじゃないんですか?」

「そんな危険なものを植えるような倫理観はしてない。そういう危ない種とかはしっかりと別の場所に保管してあるから大丈夫だ」

「持ってはいるんですね」


 そりゃあ、俺の成果だからな。開拓者を辞めたってそういうものを見たりする欲求が完全になくなった訳ではないから。それに、思い出の品を見つめながら酒を飲んだり、誰かと語ったりするのはとても楽しいものだ。


「あ、そうでした……もう一つヘンリーさんに伝えておかなければならないことがあるんですよ」

「なに?」

「あの2人、ずっと貴方のことを探していますよ。簡単に逃げるのは不可能なんじゃないですかね……あくまでも女の勘ですけど」

「なんだ、ヘンリーは女を引っかけるのが得意なのか? まぁ、確かに女の扱いは下手そうだが」


 クレアの口から出てきた2人、というのは俺がこの世界樹の元に逃げてくることになった原因、アルメリアとマリーで間違いないのだろうが……どうしてそこまで俺を追いかけるのが意味不明だ。シルヴィが笑いながら俺が女の扱い方を知らないみたいなことを言ってくるが、それはデリカシーがないって言いたいのだろうか。

 とりあえずグレイをシルヴィにけしかけてから、俺はクワをその場に置いてクレアの方に視線を向ける。


「どうにか誤魔化せないか?」

「無理です。そもそも私が貴方の名前を口に出したら速攻で殺されるんじゃないですか? それぐらい、あの2人は貴方に執着しているみたいですし」


 なんで?


「そもそも、アルメリアさんもマリーさんも有名な探索者でありながら、数日間ずっと貴方のことを探してマグニカから出ていない時点で問題だらけですよ。今更逃げられる訳がないんですから、しっかりと話をつけたほうがいいんじゃないですか?」

「いや、ちょっと待てよ……マリーの方は確かに喧嘩別れしたからしっかりと決着つけないといけないかなと思うけど、アルメリアに関しては弟子としてちょっと育てただけで、別に男女の関係とかはなかったんだけども」

「男だろうが女だろうが、自分の唯一の味方をしてくれた人に依存するものじゃないですか?」


 ゆ、唯一なのかな……いや、確かにアルメリアは俺が声をかけるまで誰にも相手をされなかったとか言ってたし、やたら俺のことを持ち上げる宗教の信者みたいになっていたけども。

 くぅ……つまりどっちとも決着をつけないといけないのか。でも、俺は女の扱いは基本的に上手じゃないからな……恋人はできたことがあっても結婚したことないのがもろにそういう感じだしな。


「はぁ……あ、それとなにかの気の迷いで開拓者に復帰したくなったら連絡してくださいね。私がいつで支援して差し上げますから」

「いや、いらない。そもそも復帰するとしても自分の力だけでなんとかするし」

「そういうのいいですから! 私に金を払わせてください!」


 どういう心境なの、それは。

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