第7話 熱狂的なファン
「よーし、いけグレイ!」
俺は指示と共に指を差してグレイを動かそうとすると、その場に座り込んだグレイは大きな欠伸をするだけで全く動かない。
「嫌われてるんじゃないか?」
「いや、そもそも触らせてもらってないシルヴィに言われたくはない」
「わ、私はほら、世界樹だから? ちょっと偉大すぎて引かれてるのかもしれないな?」
なんだその苦しい言い訳は。
俺はドックランではしゃぐ犬みたいになってくれるかと思ってたんだよね……土地はいっぱい余ってるから、家の裏側にそのまま高い木の柵を用意して区切ってやったのに……俺は犬じゃないと言わんばかりに家の中で転がってることが多いし。と言うか、こいつ本当にモンスターか? あまりにも家の中で脱力してる姿が野生からかけ離れてるんだけど。
「仕方ない……畑でも耕すか」
「そうしろ。ついでに私にも肥料と水と魔力を頼む」
「肥料はいらないだろ」
「人間で言うおやつみたいなものだ。絶対にいる」
はいはい……成長するには必要ないんだから別にいらないも同然じゃないか。勿論、お前は絶対におやつなんて人生で食べちゃいけないなんて言っている訳ではないけどさ……流石に世界樹としての威厳とかないのかよって思うね。って、今更か……こうして喋ることができるようになってから威厳なんて崩れ去ってしまったし。
クワを手にして外に出ると、見覚えのある人が世界樹に近づいているのが見えた。俺はそれを見て、クワを構えてしまったが……その女性は俺を見てにっこりと笑った。
「お久しぶりですね、ヘンリー・ディエゴさん」
「サフラン、なんて名乗ってたな。俺の行動を監視しているとも言っていた」
「かっ!? 嫌な言い方をしないでください! 私は貴方のことを追いかけているだけです!」
ストーカーじゃねぇか。
「まぁ、貴方は知らないでしょうが……貴方は私の命の恩人なんですよ? それを尊敬しない人なんていないと思いますし、感謝しない人間もいませんよ」
「そうか? 俺、面と向かって開拓者やってたことに感謝されたの初めてだけどな」
「なぁっ!? ほ、本当ですか!? あ、ありえない……ヘンリーさんが今までどれだけの功績をヨハンナに残したのか、本当に誰も知らないんですか?」
「さぁ? 受付嬢の子にも言われたけど、俺自身がそもそもヨハンナに功績を残したってのがピンと来てない」
「あまりにも無頓着すぎますわー!?」
俺は自分が求めるロマンの為に未開拓地を探検していただけで、別に誰かの役に立ちたいと思ってやったことはない。だから、有名な探索者にはよくいる支援者みたいなのもいない。金が足りなくなった時はモンスター退治みたいな仕事をして金を稼いでから、そのまま装備の資金に使っていたりした。
「あ、ありえません……では、私が貴方の支援者になりましょう! 金ならありますよ!」
「え、もう隠居するからいいかな……開拓者辞めたし」
「それがそもそも納得いかないんです! なんで貴方ほどの力を持っている人が冷遇されてそのまま開拓者を辞めるなんてことになるんですか!」
「冷遇されてないぞ」
普通に探索者協会とは仲がそれなりに良かったし、ちょっと下に見られている感じはしたけどちゃんと適正ぐらいの価格で素材とかも買い取ってくれたから、俺は別にそこまで冷遇されているつもりはない。そもそも、探索者協会とそこまで深く関わってないってのもあるけどな。
「そもそも、偽名を名乗るような怪しい人間に頼るほど落ちぶれてもない」
「うぐ……」
こんな俺以外に人間がいない場所でも律儀に偽名を名乗る奴なんて、探られると痛い腹がありますって言ってるようなもんじゃん。これでも俺はクリーンな活動をしてきた人間だから、今更裏の人間と関わるつもりはないし、犯罪みたいなことをして金を稼いでる人間だとしたら毅然とした態度で断らないといけない。
「……クレアと、申します」
「ふーん……家名は?」
「くっ!?」
なんでそんな屈辱だみたいな顔をするのか理解できないけど、さっさと名乗れ。俺は畑を耕したいんだよ。
「クレア・ラクリオンです」
「ラクリオン? あぁ……ラクリオンの一人娘ってお前のことか」
ラクリオンとは、ヨハンナの最高決定権を持つ評議会議長の席に座っている人間の家名だ。つまり、俺の前にいるのはマジもんのお嬢様ってことだな……俺はてっきり、裏の人間ぐらいかと思っていたんだが……どちらかと言えば、裏の人間に狙われる立場のほうだったらしい。街中であんまり派手に名前を明かせない理由は理解したし、なんとなく俺の曖昧な記憶に引っかかるものがあった。
「たしか、ラクリオン議長は……俺が黄金郷を求めて砂漠に行った時に手に入れてきたサボテンの種を欲しがってた人だな。かなりの金額を提示されたけどちょっと怖くなって端金で売り払った」
「それです! その種に含まれる成分が、完治不能と言われて余命宣告を受けていた私の病を治してくれたんです!」
「えぇ……売った後のものが何に使われているのかとか、俺には知らないことだからな。礼を言うなら種から薬を作った医者に言えよ」
「勿論、薬を作った方にも礼は言いました。けど、それ以上に新種の種を持ち帰った貴方が非常に偉大であると思うのです! 私はそれ以来、開拓者である貴方のことをずっと追いかけているんです!」
なんかよくわからない熱意を向けられているけど、これはストーカーみたいな熱量を持っている熱狂的な俺のファンってことでいいのか? 俺にファンなんていたんだ……初めて知ったわ。
クレアは懐から幾つかの紙束を取り出して俺に見せてきた。それには俺が様々な場所を開拓したことを報じる記事だった。開拓者なんて全く話題にもならないから端っこの方にちらっと載っているだけだったと思うんだけど……よくもそんなに集めてきたな。
「父も貴方に感謝しているんですよ? 評議会の一員として開拓者の地位向上を考えているのもそれが理由なんです」
「へー」
「でも、貴方はマグニカに帰ってきたと思ったらすぐに別の場所に行ってしまうので中々会えないと嘆いていましたわ」
「そりゃあ悪いことをしたな」
しかし、あの頃の俺は古代遺跡から発掘された宝の地図を大量に抱えて、虱潰しに放浪していたからそりゃあ会えないだろうな。砂漠から種を持ち帰ったのは7年くらい前だから……マリーと喧嘩別れしてマグニカに居づらかったってのも会ったんだけども。
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