第6話 モンスターにだって優しく

「よっこいしょ」


 近くを流れている川から水を引いてきたので、これで本格的に畑を作ることができる。川から水を引いてくるためにかなり土を掘ったりして苦労したが、魔法を使えば楽ができるのだからまだマシだ。


「ふむ……畑で何を育てるんだ?」

「なにを育てるって言われても……ちょっと趣味で野菜を幾つか育ててみるだけだよ」

「夢は大きな花畑とか言ってなかったか?」

「……それはまだまだ未来の話だよ」


 世界樹の近くで勝手に独り言を呟いてたんだから、そりゃあ世界樹は聞いてたよな。それはおいおいやっていくとして、今はまだ少しずつ広げていくだけでいいんだよ……数十年後に花畑になっていたらいいんだ。だから、今は少しずつ畑を広げていくのがいい。


「それにしても、君は本当になんとなく苦労するようなことばかりしているよなぁ……女性に詰め寄られることが多いんじゃないか?」

「そんなもん見てわかるもんなの?」

「勿論だとも。力が落ちたと言っても、伊達に世界樹を名乗っていないよ」

「……世界樹だとなんで俺の過去がわかるんだよ」


 どういう理屈で人の過去を知ったのか教えて欲しいんだけどな……ま、今は放置でいいか。

 さて、畑をさっさと作っていきたいのだが……1つだけ面倒なことがある。リリエルさんが言っていたことだが、世界樹の魔力に惹かれてモンスターが近寄ってくることがあるってことだ。世界樹を傷つけられるのは普通に嫌だし、なんなら畑を踏み荒らされるかもしれないから近寄られることも嫌だな。そこら辺をなんとかしたいという気持ちはあるが、モンスターの忌避剤なんてないだろうし、どうかな。

 それはそれとして畑を耕そうかと思ってクワを手にしたら、背後から足音が聞こえて勢いよく振り返ったら……血を流しながらこちらに近寄ってくる狼のようなモンスターがゆっくりと歩いてきた。


「……怪我をしているな」

「狙いは世界樹だろうな」


 世界樹の葉は魔力が凝縮されているので、口にするだけで万病を治すことができると文献……と言うか神話には書かれていた。世界樹が実在して、その力が本当なら……この狼の目的は世界樹の樹液や葉を口にして傷を治すことだろう。

 牙を見せてこちらを威嚇してくるが……どうも血を失いすぎているらしく、ふらふらとした足取りだ。最後の意地だけで自分を強く見せて俺をどかそうとしているんだろうが……人間には通用しないな。


「おい、なにをしようとしている」

「なにって、怪我してるのを放置なんてできないだろ」


 モンスターは確かに世界樹を狙う敵かもしれないけどさ……だからって手負いの相手を一方的に攻撃するのは嫌いだ。


「よーし、動くなよ……回復魔法だってそんなに下手じゃないからな。傷を治して歩くことぐらいは普通にできるようにしてやる」

「……おい、傷を治すならこれを使え」


 俺がゆっくりと狼に近づこうとしたら、いきなり背後から声をかけられて溜息を吐かれながら葉っぱを渡された。それは間違いなく世界樹の葉で……モンスターが最初から求めていたものに違いない。

 狼は世界樹を目の前に突きつけられて困惑したような表情を浮かべていたが……ゆっくりと地面に寝そべってこちらに身を預けてきた。暴れないことを確認しながら世界樹の葉を握りつぶし、零れてくる雫を傷ついた左前足にかけてやる。


「おぉ……これが、世界樹の力か」


 一瞬で傷が治っていく。その力は魔法なんかでは再現できない究極の癒しの力……まさしく、伝説に語られている力そのものだ。

 足が治って立ち上がれるようになった狼は、すぐに立ち上がろうとしてふらついたので抱き締めてやる。癒しの力によって傷が治っても、 別に失った血までは生産されている訳ではないからな……傷は治ってもすぐに立ち上がることなんてできないだろう。血を生み出すには、しっかりと食べて休むことが大切だ。

 それにしても……すごいモフモフしてるな。野生の獣の癖に、整えられた毛並みは触り心地がいいし、狼もちょっとくすぐったそうにしているだけで抵抗はしていない。灰色の毛並みは見ているだけでかっこいいけど、こうして撫でていると犬だな。


「よし、血が作れるように肉を持ってきてやろう」

「本気か? 傷を治してやったんだからそのまま放置しておけばいいだろう。傷が治れば自分で狩りぐらいできるようになる」

「いいんだよ。ここまで来たら友達みたいなもんだろ」


 毛並みを触らせてもらったお礼にでもしておけばいいし。

 俺が立ち上がって少し離れたら、俺の背後を一緒についてきた。ちょっとふらふらとした足取りだが……なんだか懐いた犬がついてくるみたいで可愛い。もう一度撫でてやってから俺は家に向かって歩く。



「……まだ子供だ」

「そうなの? 俺は見てもさっぱりなんだけど」

「牙を見ればわかる」


 へー……モンスターに関する知識なんて、どこが急所でどんな毒を持っているかぐらいしか把握してないから……そういう話は新鮮だな。

 肉に噛り付いている狼は、俺と世界樹の会話なんて全く無視して夢中になっている。


「飼うか」

「は?」

「いや、狼だったら飼えばモンスターに対する威嚇になるかなって……既に大型犬ぐらいの大きさなのに、これから更に大きくなるんだろ?」

「なるが……本当飼うのか? 本気か?」

「本気」


 隠居するならペットは欲しいと思ってたし、丁度いいじゃん。あ、でも大人になったら番を探してあげなきゃいけないよな……それだけは先に考えておかないと。


「お前は老人か? ペットが可愛くなって頻繁に買い物に行くようになるだろう」

「別にそれでもいいじゃん。家から出ないことが隠居じゃないしな」


 働かずに畑とペットの世話だけするのだって立派な隠居だろ。


「じゃあ名前を決めないとなー……シルヴィ!」

「ほぉ……それでいいのか?」

「いや、今のはお前の名前」

「私か!? そんな一瞬でつけた名前を犬じゃなくて私につけるのか!?」


 ごちゃごちゃとうるさいなぁ……世界樹の精霊っぽい響きだろうが。相手を識別するためには名前をつけるのが手っ取り早いんだからいいだろ別に。


「狼の方は……無難にフェンリルとかつけても面白くないしな」


 それに、フェンリルってつけるほど大きくなられても困るしなぁ……もっと可愛い名前にしよう。


「よし、じゃあお前はポチだ──いたっ!?」


 噛まれた!?


「嫌だったんだろうな……もっとマシな名前をつけてやれ」

「くぅ……じゃあ、グレイとか?」


 毛並みの色そのままだけど……まぁ、今度は本人が噛みついてこないからいいか。

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