第5話 戦闘は苦手じゃない

「に、人間が世界樹の傍で暮らすなんて……いや、しかし世界樹が望んでいるのならばそのままでも……でも、人間だしな」

「……大丈夫なのか?」

「問題ないだろうよ。なにを言っても最終的に私を動かすことなんてできないのだから……森の守護者が妥協してお前と一緒に住むか、それとも私を放置してここを去るかの二択だ」

「え、同居人が増えるの嫌なんだけど」


 俺は隠居するなら1人で細々とって決めてたのに……なんでそういうことするの?


「まぁ、それに関しては申し訳ないが我慢してくれ、としか言えん。そもそも、私なんて厄介なものを拾った時点でお前は1人で生きていくなんて不可能だからな」


 そ、そうだったのか……でも拾ったのは隠居したいなんて考え始めるよりずっと前だったから、今更後悔してもしょうがないか。ここは俺のお気に入りの場所だから離れたくないし、なんだかんだ言って世界樹にも愛着はあるからな……ここまで成長するなんて聞いてないけど。


「よし、まずはお前の実力を確かめてやろう、ヘンリー!」

「なんでそうなるのかわからないんですけど……俺、隠居してるんですよ?」

「その若さで隠居なんて意味の分からないことを言うな」

「それは私も思う」


 味方が消えたぞ。

 リリエルさんはこっちのことなんてお構いなしに、本気で戦って俺の実力を確かめるらしい。なんでそんなことされなきゃいけないのかわからないけど、一方的にやられるつもりはないぞ。


「世界樹はあらゆるものから狙われる立場だ。モンスターだってその恩恵を受けたいと考えるし、悪意のある人間が独占しようとも考えるだろう……だから、お前が世界樹の傍にいて、しっかりと守ることができるのか確かめてやるんだ」

「……なぁ、やっぱり世界樹の傍を離れてもいいかな?」

「駄目」


 世界樹って狙われるの? もっとこう……どんな生物からも敬われる存在とかじゃなくて?


「さぁ、いくぞ!」


 リリエルさんは事前に言ってあったんだからいいだろう的な感じで短剣を手にしたままこちらに突っ込んできた。正直、戦うことはあまり好きではないから俺としては困るんだけど……それはそれとして無抵抗でいるつもりはない。


創造クリエイト


 俺の得意魔法である創造クリエイトは、魔力を媒介としてイメージしたものをそのまま形にする魔法。扱うのが難しい魔法であるとされているが、開拓者として様々な場所に適応するために俺が身に着けた基本にして最強の魔法だ。

 創造クリエイトによって生み出した日本刀で短剣の攻撃を受ける。目の前で武器が創り出されたのを見て驚いたのか、リリエルさんは思い切り後ろに飛んでから訝しげに俺の手の中にある剣を見つめていた。


「……なんだその片刃の薄い剣は」

「これは切れ味を追求した形なんで、あんまりぶつけ合うのには適してないんですよ」

「ならなんで私の短剣を受け止めた」

「え、普通に膂力が貧弱そうだったから……」

「殺す!」


 あまりにも野蛮すぎる。

 短剣での攻撃は予想通り貧弱だったので刀で受け止めることに問題はないのだが、全身から発せられている魔力は割と強そうなので警戒しておこう。俺は地面に楔を打ち込んでからリリエルさんの攻撃を避ける。

 避けた先で再び楔を打ち込み、投擲された短剣を弾いてから俺の頬を殴ろうと迫ってきた手を掴んで後方に投げ飛ばした。唯一の武器である短剣を平然と投げ捨て、ステゴロで挑んでくるなんて……そんなの俺の知ってるエルフの戦い方じゃない。


加速アクセル!」


 瞬きの間に、リリエルさんの拳が目の前に迫っていた。当然反応することもできずに殴られたのだが、対して痛くはない……問題は全く見えなかったことだ。加速アクセルは術者の中に流れる時間を加速させて高速移動する魔法だが、今のは倍速程度で出せる速度ではない。

 加速魔法を使って拳で殴りに来る……やっぱりエルフらしくない戦い方だと思っていたら、そこら辺に転がっていた短剣がすーっとリリエルさんの手の中に納まった。


「……魔法ですか?」

「そういう短剣だ」


 えぇ……魔法剣ってことなのかな? 人間社会にもあるけど、貴重な鉱石が必要とかで殆ど出回っていなかった気がするんだが……エルフは独自に作り出す技術でもあるのだろうか。

 取り敢えずその場に楔を打ち込んでおく。


「その程度の実力では世界樹を守ることなどできはしない!」

開門ゲート

「は?」


 最初に楔を打ち込んだ場所にリリエルさんが踏み入ったのを確認して、俺は開門ゲートを発動する。魔力の楔を打ち込んだ点と点と結び、空間を繋げる扉を生み出す魔法……俺が異世界転生をしたという経験を基に生み出したオリジナルの魔法。

 リリエルさんの背後に門を生み出し、俺はそこから出て短剣を持っている手を捻りながら地面に押し倒して、首の横に剣を突き刺す。


「……これでいいですか?」

「くっ……卑怯者!」

「いや、加速魔法の使い手に言われたくないんですけど」


 正直、時間を加速させて攻撃してくる人に言われると腹立つんだよな。俺だって別に加速アクセルが使えない訳じゃないけど、倍率が圧倒的に違うから真正面からやったら絶対に負けるし。そもそも、魔法を使った戦いに卑怯とかないと思うんだ。


「ほらな? ヘンリーは私の見込んだ通り強い男だ」


 そんなこと言ってたか? 単純に魔力が好みとしか言われてなかったんだけども……まぁいいか。

 拘束から逃れたリリエルさんはちょっと悔しそうにしながらも武器を収めてくれたので、ちょっとは納得してくれたらしい。


「お前の実力はわかった。私には及ばないがそれなりの強さは持っているらしいな」

「……変なプライドだなぁ」

「面倒くさいのぉ……素直に認めればいいのに」

「しかし! 私の一存で世界樹を人間に託すなんてできないので、族長に報告させてもらうからな!」

「じゃあさっきの戦いは意味なかったのでは?」


 最初から族長に報告しておけばいいじゃん。なんでそこで無駄に実力を見てやるとか言い出したのか理解できないんだけども……これ、俺が悪いのか?

 好き放題言って、リリエルさんはそのまま森の方へと走って行ってしまった。なんだったんだろうか……世界樹についてそこそこのことは教えてもらったけど、総合的に見るとマイナスだったな。


「……まぁこれからよろしくな、ヘンリー!」

「名前無いなら俺が勝手につけちゃうよ?」

「いきなりだな!?」


 世界樹って呼ぶのなんかややこしいから。

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