第3話 樹がめっちゃ育った

「どうしてこうなった」


 夢は大きくお花畑とか言って寝た翌日、家の前に植えてあった俺の身長より小さかった光の樹が大木になっていた。たったの1日だよ? なんで魔力上げただけでそんな大きくなるのかマジで意味不明なんだけど……誰か説明して貰ってもいいかな?

 誰がいるでもないのに内心で滅茶苦茶焦ってしまうぐらいには樹が急成長して、俺は買ってきた植物図鑑を色々と調べてみたのだが……なにもわからないということだけがわかった。えぇ……マジで意味わからんわ。


 試しに近寄ってみると、風も吹いていないのに枝が揺れながらこちらを歓迎してくれた。マジでこいつ、実は意識があるんじゃないのかな……そうだとしたら物凄いことな気がしてきたけど、そもそも光の樹なんて絶滅危惧種が植えられていること自体が凄いことなんだよな。でもさぁ……まさか1日で10メートルぐらいまで巨大化するとは思わなかったのよ。流石にね?


「なぁ……この大きさになっても水と魔力っているのか?」


 なんとなく意識があるのかなと思って言葉で語りかけてみたら、再び枝が揺れて俺の頭に葉っぱが落ちてきた。これは……必要ってことでいいのかな。

 水も魔法で出せばいいし、魔力だって俺の身体から出ているんだから普通に身一つでこいつを育てることはできるんだけど……魔力を渡したら更にでかくなるとかないよね? だって図鑑に載っている光の樹は数百年以上かけて10メートルぐらいに成長するらしいことが書かれているのに、こいつは一晩だぞ?

 これから更に大きくなったらマジで巨木って大きさじゃなくなってしまうような気もするけど……まぁ、いいのか? この辺は別に他になにか生えている訳じゃないからいいのか……勝手にいいってことにしておこう。


流水ウォーター


 魔法を発動して水をかける。ゆっくりと樹の周りを一周しながら水をかけていき……一周したら手から出ていた水を止めて、今度は魔力を送る。魔力に関してはこの世界に転生してきた時から感覚的に使えるもので、あまり細かい原理なんかは知らないが……しっかりと魔法の名前を詠唱することで魔法を発動することができる。

 さっきの流水ウォーターはすごい普通の魔法で、簡単に言うとこの世界の人間が水道の代わりに使っている魔法だ。日常的な魔法で、戦闘には使えない物凄く弱い魔法。そして今、魔力を与えているのは魔法ではなく、ただ魔力を照射しているだけ。これで元気になるのだろうかと思ったが、1日でこんなに大きくなったんだからこれでいいんだろう。


「……こんなもんでいいか?」


 樹に向かって1人で語りかけているヤバい奴になっているが、この樹は枝葉を揺らすことでしっかりと返事をしてくる。それにしても……前世でペットを飼ったことなんてないが、こんなに返答があるとなんだか嬉しいな。コミュニケーションに飢えている可能性もあるのか……いや、自分で隠居するって言いだしたのにコミュニケーションに飢えてるとか言い出したらただの馬鹿だろ。

 水と魔力を与えて満足したので、今日は畑でも耕そう。まず畑用の土になんてなっていないから、そこら辺の土地を掘り返して肥料を入れるところからだな。色々と大変だと思うけど……こういう工程をしっかりとやるからこそ愛着が持てるってものだ。身体がへとへとになるまでやってやるからな。





「えぇ……」


 あのさぁ……1日で10メートルまで成長したら次の日はもうなにも起きないと思うじゃん。なんで更にデカくなってんの?

 普通に考えてさ……1日に10メートル大きくなった樹が、次の日には見上げても高さがわからないぐらい大きくなるなんて誰にも想像できないじゃん。このまま魔力と水やったら明日も大きくなるの? そのうちビルより大きくなるのかな、なんて考えたら怖いよ。しかも、光の樹らしく淡く光ってるし。

 いや、眩しくないぐらいの光で済んでるからいいよ? でもさぁ……この大きさの樹が光ってたら、多分マグニカの方からも見えると思うんだよね。つまり滅茶苦茶目立つってことじゃん……俺、隠居したいんだよね。


「これは……やはり、間違いない!」


 ほら、想像より遥かに速く怪しい人が来ちゃったじゃん。

 声がした方に視線を向けたら、そこにはすごい分厚いコートみたいな服を頭まで被っている女性がいた。俺のことなんて視界に入っていないのか、その横を通り過ぎて光る樹に近づいていく。


「この樹は、世界樹だ!」

「マジで?」


 光の樹じゃなくて?


「む、なんだ貴様……人間か? まさか……世界樹が生えていることに気が付いてやってきたのか。だが、邪魔はさせんぞ」

「待って、そもそもこの樹は俺が育てたの。逆にアンタの方が世界樹とやらに惹かれてやってきた不審者なんだよ……と言うか、樹に惹かれてやってくるってなんだよ、虫か?」

「むしっ!? なんて失礼なことを言うんだ!」


 わ……怒った。でもさぁ……この樹が世界樹とか言われても、俺がそこら辺から持ってきて植えた時は大きさも俺の腰までも届いていなかったし、そもそもここ俺の敷地だし。


「勘違いじゃないか? そもそも世界樹ってのは世界の何処かに生えてる山よりも大きい樹で──」

「──馬鹿か? 世界樹は人間たちに焼かれて消えただろうが」


 え、そんなの知らないんだけど。


「貴様、まさかこの世界樹も燃やす気か? そうはさせんぞ!」


 女は俺の疑問なんて知らないと言わんばかりにコートを脱ぎ捨て、中に隠していた短剣を光らせながら俺に向けて突き付けてくる。新緑の青葉を思い起こさせるような髪色に、空の青さを幻視してしまいそうになる瞳、そしてなによりも目を惹くのは……人間とは違う尖った耳。


「……エルフ?」

「森の守護者だ!」

「長い、エルフで」


 前世から何度も物語で見たエルフが、確かに俺の目の前にいる。セルジュ大森林の奥地には人間とは違う種族がいるとは言われていたが、まさかエルフがいるなんて思っていなかった。え、どうすればいいんだろう……人間として謝る? 世界樹を燃やしたのは人間らしいし……でも、ここは俺の家だしな。


「私は森の守護者として世界樹を守って見せる……人間、かかってこい!」

「ここ、俺の家なんだけど」

「……は?」

「いや、本当だって」


 エルフのお姉さんに見えるように指を差してやる。そこには確かに新築の俺の家があって、隣には昨日必死になって掘り起こした畑になる予定の土がある。エルフのお姉さんはそのままもう一度家を見て、畑を見て、世界樹を見た。


「家?」

「そう。ちょっと前からここに住み始めたの」

「……世界樹の隣に?」

「だから、あれは俺が10年以上前に植えたのを育てたんだって」

「世界樹を人間が育てたっ!?」


 そんなに驚くことなのだろうか……とりあえず、色々と話さないとわからないことがあるみたいだから、お茶でも飲みながら世界樹の木陰で話そうよ……ナンパじゃないよ?

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