第2話 夢は大きく

 隠居するなら田舎がいい。

 年齢を重ねると田舎の不便さはかなりの負担になるかもしれないが、それでも都会の喧騒から逃げ出したいと考えるのは、きっと常に働いてきたが故の反動なんだと思う。都会の方がなにかと便利で、身体が動きにくくなっていくのならばやはり便利な方に住むのが当たり前だと思うが……やはり人間は田舎を求めてしまう。


 隠居しようと決めてから、俺はマグニカから南に広がるセルジュ大森林に土地を持った。基本的に開拓されていないセルジュ大森林だが、奥地には人間とは違う種族が生きているとかそんなことも聞いたことがあるけど……そんなことは関係なく、俺はひたすらに田舎を求めて森の中に土地を手に入れた。

 大森林の中でも陽が良く当たる場所を手に入れたので、そこにそれなりに豪華な一軒家を建ててもらい、既に隠居する準備は整っていた。


「はぁ……」


 それにしても、俺はもっと前向きに大森林の中の家に迎えるはずだったのに……何故、女性から逃げるようにしてこんな場所に来なければならないのか。夢であった森林の中に隠居する前に、こんな憂鬱な気分になるなんて……俺がなにをしたって言うんだ。

 勿論、アルメリアに勘違いさせるようなことを言ったのも、マリーと円満に別れなかったのも俺が悪いのかもしれないけど……だからってあんな攻撃的に詰め寄ってこなくてもいいじゃん。

 サフランとか名乗っていた奴に関してはマジで何も知らないし……全く見たこともない女性に「貴方のことは今までずっと見てきましたよ」って言われる恐怖はマジで背筋が寒くなる。


 しばらく歩いていると、木々が少ない場所に出る。中心には俺の身長より小さいぐらいの小さな樹が植えられており、その横には綺麗な木造の一軒家が建っている。広場の中心に生えている小さな樹は、前々からこの場所はいいなと思っていた俺が探索者になった時に植えたもので、既に10年近くの時が経っている。

 普通の樹木ならば10年も経てば俺の身長なんて簡単に追い越すだろうと思っていたんだが、どうもこの樹は成長が遅いらしい。この家に住んでから最初に始めることは、この樹に合う肥料を探してきて与えることだな。その為には、この樹がどんな種類の樹なのか調べないといけないんだけども。

 なんで調べないといけないのかと言われると……実はそこら辺に生えていたけど元気がなかったものを、勝手に植え替えてきたからだ。森の中で萎れているのを見て、ちょっと可哀想だなと思ったから、植え替えてやったら太陽が当たるようになったお陰なのか滅茶苦茶元気になっていた。だからここに家を建てようと思ったんだけども。


 家の中に入って新築特有の匂いを満喫してから、椅子に座ってマグニカで買ってきた本を開く。そこには様々な植物が綺麗なイラストで描かれ、横に色々と説明が載っていた。


「……葉っぱの形でわかるもんなのかな?」


 前世から数えて70年以上は生きてきたが、植物を積極的に育てたのなんて前世の小学生の時ぐらいなもので、殆ど記憶にはない。なので、葉っぱを見ただけでその植物がどんなものなのか理解できるほどの知識はないし、こうして図鑑を見ていても花以外は全部同じに見えてくる。

 仕方がないので図鑑を持ったまま外に飛び出して、生えている樹の葉っぱに近いものを探す。全く同じものじゃなくても、近縁種みたいなのもあったりするかもしれない。


「これが、近いか?」


 数十分ぐらい樹と睨めっこしながら図鑑を捲っていたら、特殊な樹木として紹介されていた光の樹と葉っぱの形が殆ど一緒なことに気が付いた。

 光の樹とは、遠い昔に神様がこの世界に植えたとされる世界樹の種から生えてくる特別な樹で、世界中に数本しか存在か確認されていないのだとか。成長すると自分で光を発し、周囲の土地を豊かにすると言い伝えられているらしい。そして、なにより特徴的なのが……水や光ではなく、魔力を吸収して育つのだとか。

 図鑑の説明が本当にあっていて、こいつがその光の樹の近縁種とやらなら……もしおかしたら俺は水やりよりも魔力をやった方がいいのだろうか。


「魔力の肥料とか……ないよな」


 普通の植物に魔力を与えすぎるとモンスター化するとかも聞いたことがあるぞ。つまり……魔力入りの肥料なんて世の中には出回っていないだろう。自分で分け与えることはできるだろうが……調整が効くかどうかもわからないしな。俺はこのまま魔力を与えても大丈夫なんだろうか。


「…………えぇい!」


 もう知ったことじゃない! こんなのは与えてやった方がいいって図鑑に書いてあるのならその通りなんだと信じてやるしかないだろうが! 俺に植物の知識なんてないし、そもそもこの樹は特殊なんだと言い聞かせて俺が育てるしかないんだ。多少のリスクを考えてもこの樹が成長することの方が大事なんだよ!

 長い言い訳を頭の中で考えてから魔力を注ぎ込んでやると……まるで喜ぶような意思があるように樹が発光しながら揺れていた。というか本当に発光するのか……光の樹は人間の身長の数倍、つまり10メートルぐらいまで育つって書いてあったから割とデカすぎると困るんだけどな。だって、家の近くにこんな発光する10メートルの樹があったら眩しいじゃん。

 まぁ……でも、元気になったぽいからいいか。これからは水と一緒に魔力を与えてやればいいってことなんだから楽だな。肥料とか買ってこなくてもいいし、土を弄るのも最低限で済む。魔力なら俺の身体から勝手に湧いてくる力だし無料だな! なんて俺の財布優しい樹なんだ。


 それにしても……あの樹が光り始めてからなんとなく身体の調子が良くなった気がする。さっきまで女性に詰め寄られたショックでそこそこ落ち込んでいたような気もしたけど……ま、いいか。樹が喜んでいるのを見て、俺も元気になったってことにしておけば問題ないだろう。身体が不調になったのならまだしも、好調になって困ることなんてなにもないしな。

 明日はあの樹からちょっと離れたところに畑を作ろうかな。まずは食用の野菜を植えて、それがしっかりと育つようになったら綺麗な花とかも植えてみたい。最終的な目標は、あの樹を中心にここら辺を全部花畑にすること……なんていうのはちょっと壮大過ぎる気もするけど、夢は大きい方がいいからな。


 よーし……夢は大きく、花畑でスローライフだ!

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