9:天紋(ヘブン-コード)

 テインちゃんが天紋ヘブン-コードを使えると言っていたけど、よくよく考えればアタシも使えるっちゃ使えるんだ。

 呪術……特に、御呪バフの魔術の詠唱には天紋ヘブン-コードが用いられる。


(まぁ、だからって会話できる訳じゃないんだけど……)


 札に魔法陣を描きながら、そんなことを考える。

 アニーさんとテインちゃんは術の準備ができたみたいだ。


「ヘルヴァ、治癒の準備は済んだかな?」

「うん!」


 準備した2枚の札を彼の両手首の辺りに添え、さらにその上からアタシの手を優しく添える。


「【ヤ゛ソョ ラネャイク ホルッ】、『ヤケイ』……」


 魔法陣が仄かに光り、押さえている手首がうっすらと熱を帯びる。

 固まっていた血が再び液状になり、ゆっくりと傷口に向かい流れていき、傷口が段々と塞がっていった。


「腎臓の補助は彼女テインさんが行う。初めてだそうじゃが……」

「テインちゃんがやるの?」


 ってか初めて?

 アタシは聖職者とか索敵役とかじゃあないけど、それを踏まえた上でもテインちゃんの気配がトチ狂ってるということはよく分かる。

 中級、いや上級の聖職者くらいの聖なる気配が溢れてる。なのに実践はないのか。


(逆にツムグの気配は、なんか虫ケラみたいだけど……)


 アニーさんが天紋ヘブン-コードで頼むと、彼女は彼の腹部(腎臓の辺り)に左手の甲を添え、その上に魔法陣の札を置く。

 そして右手の平を小さく掲げ、詠唱する。


「【イラ ニー チ゜ック アッタ ロォオッ】……『ネミクョ』。」


 彼女の言葉に応えるように、左手の魔法陣の札は光り出した。


「うぇっ!!?」


 しかもアタシのやつとは比べ物にならないくらい強く、眩く光輝いた。


「なんと眩しく美しい光だ……」


 それだけに留まらず、アタシが置いた札まで輝き出した。

 数秒輝き続けたあと、ツムグは徐々に顔色が良くなっていった。


「はぁ……はぁ……」


 けど、なんか今度は一気に顔が赤くなっていき、熱を帯び、汗が止まらなくなっていった。


「巫術は腎臓だけだと思ったんじゃがのう。ヘルヴァの札に引っ張られ、血行が良くなったか……」

「平気なの?」

「まぁ高血圧でぽっくり逝ったとしても、ここは礼拝堂だしのう。」

「じゃ、いっか。」

『良くないってば……』


 ツムグもさっきに比べ、意識がはっきりしてきているようだ。3人で彼の汗を拭っていく。

 礼拝堂の扉が開き、大きなトートバッグを持った1人の女性が入ってくる。


「帰ったぞ老いれ~。」


 彼女はアニーさんの妻のムズミさん。

 アニーさんと同じくらい高齢だと思うけど、スラっとした体付き(多分アタシよりもナイスバディ)、溌剌とした声、銀色に輝く長い髪、褐色でどこか若々しい肌、そしてしなやかに垂れている長い耳を持っている。

 あと、老い耄れというのはアニーさんのことだ。


「あぁ、婆さんや。おかえり。」

「こんにちはムズミさん!」

「おや、ヘルヴァと……客人かい?」


 テインちゃんは静かに頷いた。

 ムズミさんはこちらに来て、ツムグのことを指差す。


「この死装束は?」

『誰が死装束だ……』


 ツムグがツッコむと、彼女はどこか驚いた表情で彼を見た。

 顎に手をあてニヤリと微笑んだ。


「意志疎通の魔術かい?随分と高性能だね。」


 そして、急に彼の白衣をヒラりと捲った。


「ひゃっ!?」

「おや?下はフルチンかい?」

『普通にセクハラじゃないか?』


 前触れなく捲ったので、アタシもテインも彼のが思いっきり見えてしまった。

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