5:〝バラウル・スネーク〟


 バウラル――

 かつて、この地に三種の竜がいた。複数の頭と翼を持ち、金色の姿をした異形の竜たち。一種は大地を這い、一種は空を駆け、一種は人々の生活に潜んでいた……

 時にあらゆる水分を奪い雨や霜を成し、時に乙女を糧とし食らった。


 そして、彼らの唾液は輝き宝珠へと変わるという……


「という伝承がありまして。」

「うん。」

「今ツムグか駆除した蛇は、その子孫のバウラル・スネークです。」


 彼は腕に刺さった牙を抜いている。

 噛まれた箇所の唾液が凝固し始めており、パッパッと払っている。


「血流障害以外にも、傷口に付着した唾液によって修復が阻まれるので下手な毒より厄介です。」

「にしてはすっごい冷静じゃね?このままだと、オレまた死ぬんじゃないか?」

「ご安心を!」


 私は彼の傷口に手を添え、どのような具合か確認する。


「私は天使ですよ!簡単な怪我ならサクッと治せます!」

「おぉ、頼もしい。」

「ただ血流に唾液が流れてると参っちゃいますが。」

「おい。」


カサカサ……


 また先程と同じ音が聞こえた。


「また同じ蛇か?蛇は群れなかったと思うんだけど」

「竜だったころの遺伝で、バラウル・スネークは群れやすいです。」

「そういうの先に言って?」


 彼は「服汚したらごめん」と言って、また私を庇うように構えた。

 走って逃げてもいいですが、下手に動いて襲われたらたまったもんじゃない。


カサカサ……


 そして現れた数は……


「多くね!?」


 約10匹。シャララと鳴きながら、全員がこちらを睨んでいる。


「えっ、こんなに群れるものなの!?」

「いえ流石に……水場を好むことが多いですし、近くに獲物でもいたのでは………」

「……さっき、バウラルってやつの言い伝えなんてったっけ?」

「え?」


 【時にあらゆる水分を奪い雨や霜を成し、時に乙女を糧とし食らった。】


 私が頷くと、彼は私の方を指差した。


「……」


 あぁ、なるほど。


「私が狙われてるんですね。」

「多分な。」


 天使とはいえ下級……しかも、元は巫女だったはず。そりゃ補食対象にもなりますね。


「スィァー!」

「フシャァー!」

「やばっ!」


 2匹から再び飛び付かれる。

 彼は両手でその蛇たちを掴み、抑える。

 しかし、また腕に巻き付かれ、強く締め付けられる。


「くっそこのっ!」

「わわわっ……!!」


 ど、どうしましょう!!?

 こうやって慌てている間に、蛇たちは鳴きながら此方を睨み付けている。


「シャァー!」

「だらァっ!!」

「ゥジャッ……!」


 また1匹が飛び掛かってきた。彼は両腕を締められているため上手く払えそうになかったが、片足で蹴り飛ばした。

 だが、腕に巻き付く蛇たちがさらにキツく締め上げたようで、彼は悶える素振りを見せた。手が怯み、今度は両方の手首を噛まれた。


「ぅあっ……!?」

「ツムグっ!!」


 私が今すぐ使える魔術は何か……!!


(えっと、えっと……!!)


 そう狼狽えていると、遠方より声が聞こえた。


ギィ……


「すぅ……『ヲァーネ』ッ!!」


トゥシュッ……


 横から1本の矢がツムグの手首の辺りを駆け、巻き付いていた2匹の蛇頭を撃ち抜いた。

 さらに続けて飛んでくる矢たち。 


シュトッ…シュトシュトッッ……


「ジャッ……」

「シャー!!シャー…ッ!!?」


 それらはツムグの髪1本にさえ掠れることもなく、ただただ蛇達を狩っていく。

 数秒で地を這っていた蛇たちは退治されていき、その内の数匹は逃げていった。


「え、なんだ……?」

「わかりませんが、おそらく誰かの援助かと……」


 矢が飛んできた方を見ると、1人の女性がいた。

 赤茶のポニーテールと、燃ゆる炎のような真紅の瞳。

 赤いシャツの上から黒い革のジャケットを羽織り、首にはチョーカーがつけられている。

 短いズボンの下には黒いタイツを履き、暗い茶色のブーツを身に付けている。

 矢筒と弓を携え、微笑みながら此方に歩いてくる。


「ノヱッ!サハ ノッネ イシ?」

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