プロローグ・異世界:中編


 彼は丸裸のまま、彼女の前で座っている。


「で、いろいろ端折って話しちゃうけど……和上わがみ紡救つむぐだね?」

「はい。」

「ここは死者が彷徨う場所。汝は選ばれた存在だ。」


 天照は立ったまま彼を見下ろし、話を続けていく。


「汝の来た世界……地球世界とでも言おうか。そことは異なる世界がある。」

「なるほど。」

「まああれだね、異世界ってやつ。」

「口調疲れたんすか?」

「うん。久々にから喉が疲れるね。」


 彼女が喉を抑えていると、背にある鏡から1つの球体が浮かび上がる。

 

「なんか出てますよ?」

「うん。遣い……天使だね。」


 大理石のような、宝石のような、それでいてどこか機械的な球体に、翼と輪っかがついている。

 上に浮かんでいる輪っかには、きれいに湯呑が填められ、湯気が立ち上っている。


「それってホルダーなの?」

「え、だってほかにこの子たちに持つ器官ないし。まぁそれはともかく。」


 ズズズとその湯呑に注がれていた飲み物を飲み、話を続ける。


「本来死んだ者は天国、地獄、煉獄、極楽浄土、冥府、イデア界、虚無……とか、その人の生前の信仰や行為に強く影響を受けた場所に行く。けど、君は別。」


 またズズズと湯呑を啜る。


「まぁ君だけじゃないんだけど、日本人は無宗教多いでしょ?だからどこにも行けないことが多いの。生まれ変わるとかの概念はまぁまぁ残ってるから、転生ってのが多い気もするけど。」

「へぇ……」

「でも神は死者たちの行き先を決めないといけないんだよ。で、その中から未練や信念とかの強い感情を持った魂を摘み取ってここに呼ぶことがある。今回私は君を選んだ。」


 そしてまたズズズと啜る。

 剣を目の前の床に突き刺すと、背負っていた鏡が反射していた光が、徐々にそこに集まっていった。勾玉が光の塊の周りに漂い留まると、何やら紋様が浮かび上がった。


「ま、多分わかるよね?」

「転生ってやつ?」

「そ。飽きるほどアニメとかでやられてきたチートだの転生だのだよ。」

「チートって……え、何すか?触ったら死ぬとか?」


 彼が首をかしげると、彼女はさらに説明を続けた。


「さっきも言った〝生前の強い感情〟を消化する、或いは叶えるための力。チートっていうのは、極上の感情に応えるために授けられる究極の力だよ。」

「それ世界のバランス狂わないんすか?」

「大丈夫大丈夫。それ踏まえたうえでも世界は絶望に満ちてるから。」


 彼は少し黙り、太陽神ですよね?と問いかけた。

 天照は先ほど創った光の台のようなものを指して、説明を続ける。


「我がここに手を添えると、汝は新しい世界に生まれ落ちる。0歳からまた別人として生まれるか、今の年齢で転移するかとか。前者なら記憶を少し曖昧するかもだし、後者なら言語野を弄らないといけない。あとまぁ服もだね。場所もどこかの町の傍にしなきゃだし……」

「アニメで見た感じ、その説明する神様としない神様がいるんすかね。」

「神様によるね~。急に呼ばれたり、死んだ後に神と話したり、なんかのミスで記憶引き継いで生まれ変わったり……あ、この子みたいに巫女とかの場合もあるよ?」


 と、空になった湯呑を握りながら、隣で飛んでいる天使を指さす。


「我の場合はどんな究極チートを授けられるかは決められない。我は太陽神……その人を照らし、その人自身が作り出した影で究極チートを創り出す。」


 彼女は手前にある光の塊に湯呑をおき、「さてと」と言って彼を見る。


「じゃあ、まずはどんな究極チートになるか決めないとね。」

「はい、わかりました。」


 彼はなんとなく手を組み、祈るような姿勢を取った。


 だが、それは徐々に起き始めた。


「……あの、ちょっといいですか?」

「ん~?」


 彼は祈るのをやめ、自身の真下を見た。


「なんか足場の紋様のやつが柔らかくなってるというか、煙みたいなやつが薄くなってると思うんですが……」

「え?嘘?なんで?」

「これそういう仕様じゃないんすよね?」

「それは生誕開始の兆候……でも、本来はに手を添えて――あっ。」


 焦るような声色で喋りながら、光の塊を見る。

 そこには、空になった湯呑があった。


「あんたァ、さっき湯呑そこに置いたよな?」

「スゥ~……」

「あの、もしかして……これって……」

「と、とりあえず湯呑どかすね!」

「いや待て、それそしたらまた――」


 彼女が湯呑をと、彼の足場は一段と薄くなり、ぐにゃぁっと沈み始めた。

 先ほどまでは真っ白だったが、徐々に下の景色が見える。

 おそらくだがここは高所――空だ。見える景色は、広い土地を真上から、そして遠くから見ているようなものだった。


名前をワガミ・ツムグとして―――


「あ、やっば始まったっ……あ、えっと、まってくださいね?えっと、えっと……」


新たな命として――


「やばいヤバイ!!えっと!キャンセルってどうやんだったかな!?」


そして再びその身を持つ者として――


「足なんか煙の中に入っちゃったんですけどっ!?あ、やばい座れてない!足が下に垂れてる!つか普通にずんずん下に下がってるよな!?」


 彼の周りのもやはほとんど見えないくらいに薄くなった。


「え、お、おい!これ、これ平気か!?神の奇跡とやらでどうにかできるんですか!?」


魔力を有さず――


「待ってくださいね!?まずは年齢の設定を!0歳のままだからここを……いや、それよりもチート渡した方がいいですか!?あ、駄目だ影を作れない!」


神の祝福を受けず――


「っ!?っ!!?」


 隣に飛んでいる天使も、あたふたと慌てる仕草を取っている。


「それより着地の方法を知りたいなァ!!!」


星の世界に――


「そうですよね!?」


 ほぼ首以外ない状態の彼は、天照を見ながら早口で喋る。周辺を掻いて、どうにか持ちこたえようとするが、まさに雲をつかむようなもので一切意味がなかった。紋様のある板――魔法陣の下へと沈んでいき、その境目が目元まで来ている。


生まれ落ちる――


「あ、えと、えっと!!」


汝に、世界の願いがあらんことを――


「待て待て待っ――」


 頭の天辺が魔法陣の下へくぐると、彼は言い切ることができないまま一気に落ちていった。


「ちょちょ、あ、こ、これ!!!」

「っ!?」


 天照は隣に飛んでいた天使を両手で掴み――


「っ!!??!っ!?!」

「これでどうにかご勘弁を!!!」

「~っっ!?!?!?!?!?」


 ―――彼が落ちていった穴へぶん投げた。

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