プロローグ・異世界:前編


 周囲を見渡すと光が満ちているような、それともどこまでも虚無が広がっているような気もする。

 体の周りや足元ははっきりとしない。雲か、霧か、あるいは綿か何かが漂っている。


「―――なんだここ。」


 彼が覚えている限りでは、親しかった友人に背中を刺され、意識を失った。

 否。それどころか、命を失ったはずだった。

 

 困り呆けていると、言葉のような、気配のような何かが響いた。


’汝、己が生涯を悔いよ――


「……え?」


 それは暖かく、眩しく突き刺さる言葉だった。


「おい、どちら様ですか?早々なんか大分だいぶ失礼だと思うんですが。」


汝、己が心に従え――


「差し支えなければ出てきてほしいんですが。」


汝のその身に祝福を授ける――


「その身って、まず刺されたんですけど。背中血まみれだし。あとずっと気になってたんですけど、オレまっぱですよね?」


汝、ちょっと黙って――


 急に口調が崩れた。


汝、己が心を見つめ――


「……」


汝の宿した、極上の意思を探しなさい――


「……」


……―――


「……終わりました?」


うん――


「はい。で、ここどこですか?」


……――


「……あの世ってことでいいんですか?」


……え、ちょっと待って――


 彼の周りに漂っていたもやが晴れていき、全身が露となった。足元は、何やら紋様のようなものが満ちており、ガラス張りみたいなものだった。

 そして、前方から優しい光に身を包んだ存在が歩み寄ってきた。


「汝、なんでそんなに意識がはっきりしてるの?」


 それは女性の姿をした存在だ。


「え、別にいつも通りの時間寝たし、酒とか薬とかは」

「じゃなくて。」


 黒くて長い髪、白と赤の着物、ふわりと浮かぶ羽衣、金色こんじきの意匠品に、そして溢れ出ているあたたかな気配……。


「死んだ直後ってのもそうだけど、ここの空気感とかもろもろ含めて、もうちょっと意識がぐにゃぐにゃな感じでもいいと思うんだけど。」

「あ、死んだんだオレ。」


 さらっと言われた事実。だが構わず続けられる。


「どれだけ自我強いの?」

「そうですね、とりあえず、あなたが今まで見てきた人たちとは比べられないくらいじゃないですか?」

「強いを持ってた人はちょいちょいいたけど、がある人はなかったな……会話の化け物かなにか?」

「え、まぁ、はい。そんなところだと。」


 彼は依然、全裸のまま話し続けている。身体の怪我は止まっているが、血に塗れている。


「あ、それした方がいいね。」


 彼女が手のひらを向けると、流れ出た血が渦巻くように傷口へと戻っていく。傷はキレイさっぱりと無くなった。


「え、な、なんですかこれ。」

「いやそんなことよりだよ。え、なにきみ?」


 その問い掛けに答えるように、そんなこと言われても、とつぶやく。


「通りすがりの仮面ライダーだ。覚えとけ。」

「面白い面白い。」

「おいオレの渾身のボケだぞ。」

「汝、我 神ぞ?神であるぞ?というか今怪我を直したばっかぞ?崇め奉るがいい。」

「神ィ?」

「そう。」


 おっほんと咳ばらいをし、服を整える。

 ファンッ!と一瞬光ると、彼女の背には大きな鏡、両手には片方に勾玉と、もう片方に剣が現われた。


「我は、汝の来たりし、日の昇る国の最高神――」


天照大神アマテラスオオミカミである。ひれ伏せ。」


「……。」


 彼は何も言わず、その場で正座した。

 それだけにとどまらず、俯せになり、五体投地の姿勢を取った。


「うぅわ、凄まじく無礼。それ仏教だよ?」

「天にまします我が父よ」

「それイエスさん。流石に裁くよ?」


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